勧誘

 実力テスト騒動から一週間が経ち、僕は数日前から塔での活動を再開していた。

 カトリーヌは、あれからベアトリーチェには絡まなくなったが、そのかわり僕に変な絡み方をしてくるようになった。

 塔の活動に影響しないように、魔法薬学や生薬学など座学の幾つかの教科を選択したが、なぜか彼女の気に入らなかったようなのだ。魔法薬学はともかく、生薬学方面は魔力を持たない者が進む学科らしく、魔法実技、魔法陣研究になぜ進まないのかと、しつこく追及されることになった。

 正直な話、そっち方面は塔での研究所で嫌というほど行う予定なので、学校では違う学科に進みたかっただけなんだけど。

 それに生薬学は、薬草の長期保存、薬効上昇技術、新たな組み合わせの研究など、薬草学の原点のようなもので、僕としては専門学科があったことにすごく感動したくらいだ。

 塔での仕事を終えて寮に帰ってくると、みんなはすでに談話室に集まっていた。

 学校での授業はとうに終わっているので、僕がよっぽど遅くならない日には、なんとなく談話室で集まるようになった。最近では、そこへベアトリーチェやジャンも混じって談笑している。


「へえ、ベアトリーチェもニーナ達と同じような学科を取ることにしたんだね」


 僕は、据え付けのポットでお茶を作ってその輪に混ざった。


「みんなは妾と同じクラブに入るのじゃ。それなら、新しいことをするにも習うのも足並みを揃えた方がいいと思ってな。それから妾も、リュシアンと同じ薬学も入れたのじゃ。新鮮な知識を加えるのも悪くないのじゃ」

「あ、俺も入れたよ。生薬学は魔力を使わない薬学だし、なんか意地になって入れてなかったけどやってみると奥が深くて面白いよ」


 それまでエドガーと話していたジャンが、話しに加わってきた。

 ちなみにエドガーとダリルは、金属や鉱石を主に扱う鍛冶系クラブに入ったようだ。錬金術や、魔力形成などにも力を入れているとのことだ。

 魔王の指示もあったので、ベアトリーチェのクラブにも形式上入っているが、せっかくなのだから好きなことをするのもいいと思う。


「あら、薬学なんて頭がいいだけの学者に任せておけばいいのよ。せっかく特別な力があるのに、どうしてそっちを伸ばさないのよ」


 少年少女の中にあって、ひときわ大人びた少女が長い足を組み、頬杖を突いて手のひらをヒラヒラさせた。サンゴのような赤い髪は、サラサラと絹糸の様にストレートで、顎のラインで短く切りそろえられている。いわゆる前下がりボブカットというやつだ。深いブルーの瞳は気が強そうに切れ上がり、その目尻から薄い緑色の小さな鱗が額辺りまで伸びて、まるでアイシャドウのようにきりっとした印象を与えている。


「カトリーヌ……なにをシレッと同席しておるのじゃ」


 眉をピクッと釣り上げて、ベアトリーチェは引きつった唇をへの字に曲げた。

 ニーナやアリス、カエデもずっと気にはなっていたのだが、あまりにも堂々と座っていたものだから、かえって何も言えなかったようだ。男子組は違うテーブルに座っていたので、これもまた然りである。


「なにって、私がそうしたかったからよ。それよりも!」


 女子組と男子組の間に椅子を置いてお茶を飲んでいた僕のすぐ横に、カトリーヌが椅子ごと移動して来た。


「能力があるなら、活かすべきよ。そうでしょ、リュシアンにはとんでもない魔力がある。そして、それを活かす手段もある。だったら、それを限界まで伸ばさないのはもったいないじゃない」


 ベアトリーチェが何かを言おうとして、一度口を噤んだ。

 他の種族にはない特別な力、飛ぶことを諦めてチャレンジさえしないと、自分が責められているような気がしたのかもしれない。カトリーヌがそれを意識したかどうかはわからないけれど。


「もちろん、強要するつもりはないわ。最後は自分で決めることだもの。ただ、勿体ないと思ったからそう言っただけ。私、思ったことは言わないと気が済まないのよ。だって、そうしないと伝わらないでしょ?」

「……なんじゃ、妾に当てつけておるつもりか?」

「はぁ? ビーチェには何も言ってないでしょ」


 彼女は考えるより先に行動にうつすタイプなのだろう。それは短所であり、長所ともいえる。ちょっとだけ踏みとどまり、もう少し他人を慮ることを覚えれば、うまくやれるのかもしれないけれど、考えてみれば彼女はまだベアトリーチェと同い年で、子供なのだ。

 自分がそうだから、なかなか一歩を踏み出せずにいる人を、もどかしくも歯がゆく思うのだろう。彼女なりのエールだったり、その人の為だとさえ考えているのかもしれない。

 それでも、悩んで悩んでなかなか進めない人だって、必ずしもそれが間違いとも言えない。慎重さだって、長所になることがあるのだ。


「……だいたい、そなたは寮の人間ではないであろ!」

「リュシアン、よかったら私のクラブに入らない? 魔法の研究もするけれど、うちは実技の方もやってるから魔法で模擬戦をやったりもするのよ」


 ベアトリーチェの台詞など気にしないように、カトリーヌはいきなりクラブの勧誘を始めた。どうやら、結局はそれが一番の目的だったようだ。


「な、なにを、カトリーヌ! リュシアンは妾のクラブに……」

「そっちの男子だって違うクラブと掛け持ちでしょ? だったらリュシアンだって、ダメってことはないでしょう? ねえ、ぜひウチに来て!」


 仰け反りすぎて椅子から落ちそうになりながら、カトリーヌの猛攻をなんとか堪えた。身を乗り出してくる彼女を、むやみに押し返すわけにもいかない。はっきりいって、どこを触ってもヤバイ気がする。


「なんというか、目が錯覚を起こすわね……あの二人、年が一つしか違わないのよ」

「どう見ても先生と生徒……親子、はないにしても、年の離れた兄弟? は、ありそう」

「ねえ、そろそろ止めたほうがよくない? リュシアン、椅子から落っこちちゃうわよ」


 ニーナとアリス、カエデがそんなことを言って立ち上がった。

 けれど、それよりも早く僕の襟口から黒い物が飛び出し、カトリーヌの顔にビタッとくっついた。


「キャッ!? な、なに、なにこれ! やだ、虫? 取って、取ってー」


 カトリーヌは、慌てて身を起こして顔にくっついているモノを一生懸命剥がそうとした。完全に視界を塞がれているせいか、ちょっとだけ取り乱している。


「む、虫じゃないよ! カトリーヌ落ち着いて、乱暴しないで。ペシュ、戻っておいで」


 ヒラッとカトリーヌの顔から離れると、パタパタと僕の手の平に戻った。びっくりした、あまり人前に姿を現さないペシュがこんなことをするなんて。


「ペシュの方がよっぽど気が利くな、ニーナ」


 と、エドガー。


「なによ、ちょっと出遅れただけでしょ。ペシュったら、普段はごはんのときくらいしか出てこないのに」

「そうだね、やきもちやいたのかな?」

「あれ、チョビは私たち相手にはやきもち焼かないけど……」

「そう言えばそうだな、逆にペシュには妬いてるけどな、ほら、今も」


 僕がペシュに構うと、途端に間に割り込んで来るチョビ。さっきまで素知らぬ顔で頭に乗っていたくせに、ペシュを手に乗せた途端、いつの間にか手に移って来ていた。一方、ペシュの方はお構いなしで、シュルッとまた僕の首元へと隠れてしまった。

 懲りないカトリーヌの方はというと、迎えがくるまで僕の勧誘を諦めなかった。

 ちなみに彼女は、この学校のお膝元である町で仮住まいしている。実家は魔王城に何人も騎士を輩出している名家だけあって、あちこちに別邸があるらしい。

 お誘いのほうは光栄ではあったが、はっきりと断った。なにしろ授業だって、取りたくても取れないのだ。個人的には、人魚族には少し興味はあったけれど、機会があればそのうちいろいろと関わることもあるだろう。

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