実力テスト3

 ニーナは、大きな丸太で作られた木偶の前に立った。

 木偶人形のレベルは数段階あり、自分に合った対象を選ぶ仕様だ。下手に頑丈なものを使うと攻撃した本人が怪我をするが、彼女が選んだのはひときわガッシリした代物だった。それまで誰一人として選択しなかったのか、新品同様でどこにも傷などは見当たらない。

 背の高いニーナよりアタマ一つ分くらい大きく、体格のいい大人くらいだ。


「体術系スキルのみ使用が可能です。武具の申請はしますか?」

「いいえ、このままで」


 ニーナはもともと暗器以外に武器を持たない。足を痛めないようにブーツを履くが、このテストでは使わないようだ。あとは、血統系、種族系などの特別スキルの有無を聞かれて、ニーナの実技テストが開始した。

 その時、瞬きした人は見逃しただろう。

 普段から間近で見ている僕でさえ、呆気にとられるほどの一瞬の出来事だった。

 気が付いた時には、木偶人形の頭部が吹っ飛んで後方に転がっていた。胴の部分にも数カ所ヒビが入り、心なしか木偶自体も傾いて、ギシギシとわずかに揺れて軋むような音がしている。


「よろしいかしら?」

「……は? あ、よろしいです」


 スカートの端を払いつつ、少々乱れた髪を肩の後ろに払ってニーナが笑うと、試験官は慌てておかしな返答をしていた。あたふたと、手元のボードに力強くチェックを付けている。

 まあ、たぶん合格なんだろう。


「次、私かな? じゃ、行ってくる」


 アリスは巨大な大剣を軽々と肩に担ぎ、心なしか試験官を後退りさせている。

 先ほどニーナがダメにした木偶人形は撤去取替中なので、アリスは手ごろな一つを選んで指差した。あっという間に終わらせたニーナと違って、アリスはデモンストレーションを楽しむように、重い大きな剣をクルクルと弄びながら狙いを定めるようにして標的への間合いを詰めていく。

 ヒュッと鋭い息が合図となり、斜め上から木偶の首と肩の付け根を一撃、翻して横っ腹に痛烈な二撃目を与えた。大剣は打撃武器に分類されるが、正直、これが生身なら首と胴は繋がっていないだろう。なにしろ、頑丈な丸太でさえ首がプラプラ、胴体は無残にへし折れたのだから。


「あー、惜しい。首は落ちなかったか……」


 ニーナに対抗してか、アリスが無意識にポツリとつぶやいたセリフに、さっきから及び腰になっている試験官がさらに僕達から距離を取った。

 次はカエデだったが、彼女はどちらかというと実際の攻撃技というより、回避や攻撃の型を見せる形式だった。扇を使った防御の型、そこから繰り出す体術の型である。派手さはないが、その見事なまでの技の数々に周りの目が釘付けになる。

 他の場所でも様々なテストが行われていたが、いつの間にかドーム中の視線が集中してきたように思う。

 そんな中、ダリルがトゲのような突起のあるメイスを持って前に出ると、なにか言う前に打撃用木偶人形へ案内されそうになって、待ったをかけた。


「俺は魔法使いだが、ここで使っていいのか?」

「え? ま、魔法?」


 ガッシリとした体格に、重量感のある巨大なメイス。どう見ても腕っぷし一本で殴りに行く系だと判断されても仕方がない。

 ダリルは、堅固な防御に打撃、それに加えて強力な攻撃魔法を操る、結構オールマイティーな戦闘スタイルである。的当てだけでそれを見せるのは難しいと判断されたらしく、協議の上で次に控えるエドガーとの模擬戦を行うことになった。

 二人はちょっとだけ離れた位置にある魔法用標的がある場所へ案内された。

 ダリル、エドガーは二人とも中位以上の魔法を使うということで、結界による防御が施された。

 これは能力テストなので、競うのは勝敗ではなくその技術や能力である。試験官から、そんな注意事項が説明されているようだが、二人が理解したかどうか少しあやしいところだ。


「ここの結界からすると、そんなに思いっきりやるのは無理かな……ちゃんと防御してくれよ、ダリル」

「俺を誰だと思ってんだ、お前のへなちょこ魔法なんざ弾き飛ばしてやるよ」


 向かい合う距離は五メートルくらいか、少々狭いがここが室内であることを考えると仕方がない。結界にも限界があるだろう。先行はエドガー、それをダリルが防いで反撃というのが予定された手順だ。

 エドガーはどの魔法を使おうかと考えながら、ダリルの持つデカいメイスに目をやって溜息をついた。


「ったく、口の減らない奴だ。言っとくが、俺は直接攻撃には耐性少ないからな、無茶はしてくれるなよ」

「はっ、安心しろ、ちゃんと魔法で返すさ」


 試験官が「始め」と合図をすると、すぐさまエドガーが短い呪文を唱えた。

 詠唱の短縮化。

 それ自体は、もともと過去に作られた定型文もあり、殊更めずらしいことではないが、僕の魔法陣の改良を見ていたエドガーが、特に最近凝って研究していた題材だった。定型文より単純で、無詠唱よりイメージしやすく、それでいて発動速度も遜色ないとのことだ。

 杖の先に収束した光の玉が、あっという間に五つに分れ、個々が腕程の長さに細く鋭利になり、弾くような仕草をすると目にもとまらぬ速さで飛び出した。

 ダリルはというと、エドガーが呪文を口にした時にはすでに盾を構え、ダッシュしている。

 周囲はどちらに注視したらいいのか迷ったのか、どよめきと戸惑いの声を漏らしていた。けれど、ほとんどの人がダリルの行動を軽率に思ったのか、女子の中には顔を覆ってしまう子もいた。


「っち! 連弾魔法かよ、やる気満々じゃねーか!」


 文句を言いながらも、ダリルはその攻撃をことごとく盾と強固なレジストで防ぎ、距離を詰めて巨大なメイスを振り上げた。


「……全部防いでおいてよく言うぜ、ってか! 直接はっ」


 約束が違う、と言いかけたエドガーは、しかし、ダリルがニヤリと笑ったのを見逃さなかった。仰け反りながらも、即座に風のレジストのバリアを二重に掛けた。もちろん無詠唱だったが、正直なところ無詠唱じゃなかったら間に合わなかっただろう。

 現に、僕も慌てて駆け寄りそうになったほどだ。

 思わず漏れただろう悲鳴が、あちこちから聞こえ、息を呑むほどの緊張した気配が周囲を包んだ。

 

 普段は無色透明の結界が、一瞬白く濁り、次に赤に染まって、熱気がぶわっと強い風に煽られるように天井まで届いた。ほとんどの者は何が起こったのかわからなかったようだが、耳に変な気圧のようなものを感じたことから、たぶん結界が破損したか、消滅でもしたのだろう。

 ほどなく言い争うような声が聞こえてきて、全員の気がそちらに引き戻された。


「おま……ッ! あぶねーだろが、あれって炎系の上位の魔法だろ」

「は!? ありゃ、中級のファイアーランスだっての。それよりお前も連弾魔法使って来ただろうが、見ろっ! 腕に当たっちまっただろ」

「防げたんだからいいじゃねーか」

「それを言うなら、てめぇも防げただろうが、お互い様だ」


 まあ……、ぜんぜん大丈夫だったようだ。

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