新学期2
現在の魔王は、魔族としても上位クラスとされる
もともと能力の高い特定種族が魔王候補として、この地を導き、その中から魔王が選ばれたり、名乗りを上げたりしてきたのだ。その手段は、ほとんどが血で血を洗う戦争だったと言われるが、そのため常に小競り合いが続く国内はいつまでも貧しく、侵略で国を広げてもその地を維持できず、数で勝る人族に度々奪い返されたりもしたらしい。
今でこそ経済力、戦闘力ともにトップクラスの国力を手に入れたわけだが、そのきっかけとなったのが、皮肉にも今まで侵略の対象でしかなかった人族から現れた英雄王だった。
かつて英雄王に魔界から嫁いだ氷魔族の娘は、ヒュドラの血を色濃く継いだ美しい鱗を持った女性だった。けれど、魔族と人族の血は相容れない性質なのか、彼女が産んだ子供はいずれも人族で、その後混じったエルフ族の特徴を受け継ぐことはあったが、現魔王が生まれるまで、氷魔族の外見を持つ者はいなかったとされる。
ちなみに現在は数を減らしている人魚族も、原流は氷魔族と言われており親戚のような関係である。
「少し歩くが、今から競技場の方へ向かう。外周馬車道の外にあるので、妾が案内するのじゃ」
高等部上位の始業式を終えて、教師の説明を受けた僕達はそのまま会場を出た。
上位クラスはここで一時解散になるのだが、僕を含めたニーナ、アリス、カエデ、エドガー、ダリルは例外的に高等部下位の会場へと行くことになった。
学校全体をぐるっと囲った主に馬車を走らせるための道の外側、そこには立ち並ぶ木々を拓いた大きな建設物の丸い屋根がすでに見えていた。そこまでの道案内を買って出たベアトリーチェは、その際に魔王のこと、この魔界のことを話してくれたのである。
「へえ、人魚って本当にいたのね」
「やっぱり海に棲んでたりするのかしら?」
ニーナとアリスが、人魚に食いついた。
なにしろ、向こうの世界では書物の中でしか存在しない未知の種族だ。もしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも僕は見たことがない。
「……海で暮らしている者もいるのじゃ。でも、今はこの魔界中央部の方が数は多いかもしれぬな」
どうやらこちらでいう人魚族とは、手足に僅かの水かきと腕と脛辺りに鱗があるくらいで、足が魚ということはないらしい。頭髪に隠れた場所に小さなエラのような器官があるらしく、水中でも長時間は生存可能らしいが、それでも完全な水棲種族とはいえないらしい。
ベアトリーチェの祖母、即ち現魔王ヴィンセントの母は人魚族だったらしく、そのため氷魔族の血が色濃く現れたとも考えられる。ちなみに、前魔王は人魚族、エルフ族、下位魔族の側室も数人侍らせていたという多妻家であったようだ。
「まあ、どのみち気位の高い連中じゃよ」
肩を竦めてベアトリーチェはそう締めくくった。
それを見て、ニーナとアリスは顔を見合わせている。祖母の種族という割には、ベアトリーチェの持っている感情はあまり良いように感じなかったからだろう。
ヴィンセントの最初の妻がエルフ族、そして今の妻が黒羽の鳥人族。ベアトリーチェの話では、エルフ族は他種族だからまだしも、後添えを同じ氷魔族である人魚族ではなく、はるかに家格で落ちる鳥人族を娶ったことに、一族は未だに不満を募らせているとのことだ。
まだ魔界に詳しくないのでよくわからないが、少なくとも「魔王と配下のその他大勢」という単純明快な勢力図ではないことは確かなようだ。
「そうじゃ。どこから漏れたのか、リュシアンも魔王の親戚筋だということは周知されておるようじゃ」
ついでのようにベアトリーチェがそう付け加える。
世間話のように軽い口調で告げられたそれに、僕は思わずため息を付いた。
どうりで……なんだか周りのヒソヒソの質が前とは変わったような気がしていたんだよね。相変わらず小さいだの、幼年部の間違いなどの声はあるが、それに加えて、属性がない無能、魔法の一つも使えない、コネで塔に入り浸っているなど、ちょっと噂の毛色が変わって来たのだ。
――いや、親戚のコネで入れるならベアトリーチェなんてそれこそ自由自在、入り放題だろうに。自分で言ってておかしいとか思わないのだろうか?
「ここが下位クラスの集合場所じゃ」
そうこうしている間にいわゆる体育館のような大きなドームの形をした室内場に到着した。普通の体育館と違うのは、ちょっとした観客席のようなものがあることだろう。
「高等課程とその上の過程の敷地内には、学校共有の施設としてこのような競技場があるのじゃ。年に数回ある競技大会などにも使われておる」
さすがは戦闘力も世界有数と言われる魔族の学校。幾つかの有名な大会などもあり、魔界中央都市にある巨大ドームで行われる魔界一を争うような大会にも、その勝者が招待されるほどのものも存在するとのことだ。
「高等部上位扱いでの留学ではあるが、一般生徒は高等部入学時に身体調査と身分証明、実力テストのようなものをうけるのじゃ。テストはともかく、各種検査や調査は通過儀礼のようなものだから、新入生たちと一緒に済ましてしまおうということじゃな」
確かに、形式的なことはやっといた方がいいよね。新年度の健康診断みたいなもの、かな。
「妾も付き添うゆえ、わからぬことなどあれば遠慮なく聞くのじゃ」
ベアトリーチェもすでに通った道なのか、ちょっとばかりお姉さん気取りでそんなことを言って胸を叩いた。とはいえ、それほど難しいことはなく身分調査に至っては、僕達の場合は冒険者カードを見せるだけでよかった。事前に冒険者ギルドで抜かりなく処置しておいたおかげである。
「本来なら、ここで大まかなクラス分けの為の実力テストとなるが、リュシアン達はすでに上位と決まっておるし、係員にそう申請すればパスできるはずじゃ」
僕達が身分証明を終えて、身長体重などの身体的な記入を終えたところで、ベアトリーチェにそう促されて列から外れようとすると、それを見計らったかのように声が掛けられた。
「あら、ちゃんと全部受けるべきよ。確かに上位には、クラス分けは必要ないけれど、そもそも上位と判断されたことが、公正な評価だったとは限らないんですもの」
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