実力テスト

 会場が見渡せる観客席、声はそこから響いて来た。

 観客席への立ち入りは基本的に誰でも可能で、高等課程の新入生の実力テストが行われる時分には、毎年数多くの上級生が見学にくる。

 実力テストはもちろん授業の振り分けの参考のための行事だが、そこへ各種クラブや、武術や魔術クランに所属する者達が、こぞって新入生のスカウトに来ているのだ。自分たちの始業式をそっちのけで場所どりしている者もいるが、学校側も多少のことは多めに見ているようである。

 そんな大勢の学生たちの中、件の彼女は腕組をして立っていた。

 サンゴのような真っ赤な髪で、ストレートのボブカット。気の強そうな目尻辺りが、光に反射して光っているように見える。遠目なのではっきりしないが、こめかみ辺りから細かい鱗のような模様があるようだ。


「……父の母方の親戚なのじゃ。先日、研究棟にもいたのじゃ」


 ベアトリーチェがひどく面倒くさそうに説明した。名前はカトリーヌ、今のところはそれ以上は説明する気はないようだ。

 それでは、あの時の幾つかの集団の中のうちの一人だったわけだ。親戚、というか知り合いなら、普通はその場で紹介しそうなものだが、それをしなかったということは、まあ控えめに言って、あまり仲が良くないということかな。


「気にすることないのじゃ。さっさと帰るのじゃ」

「逃げるの? やっぱり噂は本当なのね。類は友を呼ぶってところかしら」


 ベアトリーチェは、僕の腕を掴んで今度こそ列を離れようとしたが、かぶせるようにさらに彼女は続けた。掴まれた腕に、微かな震えが走る。


「……どういう意味じゃ」

「ほら、だってその子、魔法が使えなんでしょう? どう見てもエルフ族なのに」


 それは翼があるのに飛べないベアトリーチェを揶揄した言葉だった。


「リュシアンは魔法が使えないわけじゃ……」


 思わず反論しかけたベアトリーチェに、僕はちょっと笑って「いいから」と首を振った。このままでは沸点の低いダリルが飛び出しかねないし、ニーナも実は足を半歩前に出していた。

 正直なところ、多少の嫌味などスルーしてもかまわないのだけど、これは遠まわしにベアトリーチェをターゲットにしているとわかっていたので、少しだけ反撃しておこうと思った。

 くるりと観客席の方に身体を向けて、手のひらを上にして突き出した。

 胸を反らして腕を組んでいたカトリーヌは、ピクッと身体を引きそうになったが、なんとか堪えて「ふん」と鼻で笑った。


「……リュシアン?」

「まあ、見てて」


 上に向けた手の平に、小さな赤い魔法陣が一瞬で現れる。次に、ポツ、ポツと両側に黒と緑の小さな魔法陣がくっつき、まるで補助輪がついたようないびつな術式が瞬く間に完成する。たまたま周りで見ていた生徒たちが騒めき、当然ながらニーナ達もびっくりしたように見つめている。

 そして、その魔法陣から飛び出すようにしてコブシ大の火の玉がシュルッと現れたのである。

 フッと息を吹きかけると、その火の玉はゆるゆると風に乗るかのように階上の観客席まで届き、思わず身をのけぞらせた彼女の目の前で何事もなく消えた。

 たったそれだけだったが、カトリーヌは思わず腕をほどき足を半歩引いてしまった。

 ビビったと思われたくなかったのか、慌てて腕を組みなおし、ますます胸を反らして、心なしか引きつった笑みを浮かべる。


「なっ、な、なによ。まさかこれってファイアポム? こんなヘロヘロの……無詠唱だったみたいだけど、これくらいの初級魔法なら子供でも出来るわよ」


 魔法が使えないってことをバカにしてたのに、いつの間にかその魔法のランクに問題をすり替えていた。


「ああ、これ? これはファイアポムじゃないよ……これは」

「こら、そこの生徒! そんなところで勝手に魔法を使わないように」


 生徒の列を見ていた教師の一人が注意に飛んできた。僕とニーナは思わず首を竦めたが、アリス達はいつの間にかちゃっかり列に戻って整列している。……ずるい。


「あ、この者達は……」

「いいよ、ベアトリーチェ。試験は受けるよ、それが普通の手順なんでしょ?」

 

 僕とニーナを列に戻そうとする教師に、経緯を説明をしようとしたベアトリーチェをあえて止めた。確かにこの留学はカムフラージュに過ぎないが、ここで特別扱いで試験免除となれば後々いつまでもゴチャゴチャ言われそうである。

 僕はともかく、期間中のほとんどを学校内で過ごさなくてはならないニーナ達には面倒この上ないだろう。


「だが、よいのかリュシアン。このテストでは一切の道具は使えぬのだぞ」


 なにしろこれは、実力によりクラスを振り分けるテスト。道具によるサポートは一切なしで、己の身一つの能力を測るのを目的としているのだ。それは、魔法であり、スキルであり、もちろん己の肉体のみの力でもよい。


「それなら大丈夫よ、ベアトリーチェ。リュシアンは、体術だって人並み以上に熟すんだから」

「……でも、さっき巻物なしで魔法、使ってたわよね?」

「そういえばそうよ。さっきのはどういうこと? 巻物を使わずに魔法、使えるようになったの?」


 心配そうなベアトリーチェに、アリスが答え、それに頷きながらもカエデ、ニーナが興味津々で聞いてくる。エドガーやダリルも直接聞いては来ないが、かなり気になっている様子で耳が完全にこちらに向いている。


「うーん、正確にはまだ……使えない、のかな」


 前の生徒に遅れないように足を進めながら、僕は「条件付きなんだよ」と思わず頭をかいた。

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