新学期

 新学期初日。

 この学校の高等部はエスカレーター式ということもあって、特別に入学式という行事はない。新一年生も普通に全校生徒対象の始業式から始まる。

 理事長のお祖母様は、それぞれの学部を回っているらしく、式の中盤に現れた。そこで、僕達をごく簡単に留学生として紹介した。もちろん異界からではなく、帝国内の聞いたこともない小国の出身という触れ回りだ。実は交換留学自体は珍しいことではないらしく、生徒たちもそれほど興味をひかれた様子もない。

 僕達の挨拶が終わると、お祖母様はすぐに次の移動しなくてはならず、ほとんど話すことも出来なかったのが残念だった。

 式が終わると、さっそく学科振り分けのための概要が書かれプリントが配られた。

 クラスという概念はあまりなく、ザックリ下位、上位と二つのランクに分かれ、そこからさらに系統によってクラスのようなものも用意されているが、それぞれの選択科目のメンバーとの交流の方が多い。

 さらに課外活動であるクラブは、より結びつきが強く、派閥のようなものもあるのだという。

 そのためか、特別な成果を上げるのは大体が生徒主体のクラブであり、これは授業で習い、それを応用し活かす、という取り組みがうまくいっている証だろう。

 高等部の下位はそれなりに決まったカリキュラムがあるが、上位は基礎学科を終了しているのでほとんどが自由である。

 希望する選択科目の申し込みをして、それぞれの開始日程などを加味して、生徒が自ら週のコマを埋めていく。好きな選択を目いっぱい入れる者もいれば、色々な科目を効率よく整然と組む者もいる。この辺りも生徒の個性として学校側はあまり口を出すことはない。


「あら、ダリル。今回はあまり魔法系科目を入れてないのね」

「……あ? ああ、別にいいだろ」


 それぞれの学科の資料を受け取り、チェックマークをつけていたニーナがダリルの選択を見てそう言った。ニーナにそれほど他意はなかったようだが、ダリルはちょっとだけムキになったように答えた。


「ホントだ、私も実技は盾と体術だよ」

「お、おう。体術には暗器や鈍器の扱いもあるし、ちょうどいいからな」


 そこへカエデが介入すると、ダリルは途端に素直になって頷いている。盾は文字通りの意味でもあり、広くは防御術全般でもある。

 面白いのは、この学校には魔法が使えない者もそれなりにおり、種族特性を生かした獣人も少なくないことだ。

 獣人は魔力はないが、武術系の特技を持っていることが多く、魔力に匹敵するほどの秘技を持っている者さえもいる。獣人の数が圧倒的に少なかったあちらの世界では、あまり知られてないことだ。

 魔物避け、または引き寄せ、暗視、気配察知、肉体強化、超自然治癒など、スキルや無属性魔法に近い能力まであるという。

 万能感のある魔力には敵わないところはあるだろうけど、それでも数の有利で来られたらただ事では済まないかもしれない。こちらでは獣人の国もあるとのことなので、それなりに地位は確立しているようにも思える。

 それでも、奴隷制度があるこの世界において、いまだに奴隷の半数以上が獣人であることは抗えようのない事実でもあった。

 今の魔王の妻は黒羽の鳥人である。彼女は獣人ではなく魔族だが、勘違いしている者も少なくないのだという。なにしろ魔族の鳥人のほとんどが飛膜の羽だからだ。もともと黒羽の魔族はとても珍しく、魔族の中では貴重な癒しの力持つ種族だ。かつて獣人と間違えて人族に狩られ、大挙となって押し寄せた魔族の報復により国が一つ滅びたとさえ言われている。

 しかし、希少な種族だからこそ誤解も多い。

 数十年前の魔王の婚儀の際には、魔族の王が獣人を妻に迎えたと大騒ぎになったほどだ。ちなみに今の王妃は、魔王の後添えである。

 初めの王妃は、エルフ族だったが数百年前に亡くなった。ベアトリーチェには、腹違いの歳の離れた兄が二人いるのだ。一人は魔族の父の血を受け継いだ長男、もう一人はエルフの母の血を受け継いだダークエルフの次兄である。すでにそれぞれ魔界の地区の一つを領地として預かっている。

 タイプは違えど二人そろって優秀で、魔界の経済や武力強化に役立っているそうだ。


「……は、飛べぬそうだ」


 そんな時、どこかからヒソヒソと陰口が聞こえた。すぐにそちらに目をやったが、群衆に紛れて誰が発した言葉かはわからなかった。時折「獣人」や「凶鳥」などの単語が聞こえてくるが、うまく隠れているのかどこから聞こえるかいまいち掴めない。

 もっとも、時折混ざる「小さい」だの「幼年部?」という単語には僕も物申したい気分だったが、まあこれに至っては本当のことではあるので、少なくとも一概に悪口とは断定できないんだけどね。


「堂々と発言できないなんて、よほど疚しくて正当性がないと自覚しているのね」


 それほど大きな声ではなかったが、朗々とした声ではっきりとニーナがそう言うと、ピタリと周囲が一瞬静まった。それはほんのわずかな時間ですぐに、ざわざわと元通りの状態に戻った。

 けれど、先ほどのような雑音はとりあえず聞こえてこなくなった。


「姫様さすが、それこそお姫様モードだね」

「な、なによそれ。私はただ不愉快な雑音を聞きたくなかっただけよ」


 アリスがそう言うと、ニーナはちょっとだけ照れたようにソッポを向いた。


「ニーナはお人よしじゃな。あのような者たちに何を言っても無駄だというに」


 言外に、豚に説教するようなものだと含ませて、わざとらしくベアトリーチェは肩を竦めた。

 ベアトリーチェは常日頃、戯言だと言って一貫して気にしてないと言うが、謂れのない噂に傷つかないわけはないのだ。いまいち素直じゃないベアトリーチェだったが、それでもちょっとだけ溜飲が下りたように、いわゆる小悪魔的な可愛い笑顔を浮かべていた。

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