留学の裏側2
そのことも公言しているので、僕は当然ながら頷いた。
入学した当初、そのせいで魔法陣の学科から追い出されそうにもなったが、今ではそんなことを覚えている人はあまりいない。なにしろポンポン巻物を高速で生産して魔法を使っているし、ましてや新しい魔法陣をいくつも発表している。
ちなみに、僕の作ったオリジナル魔法陣をそっくり写す、すなわち写生出来ないことについては、前にも検証したけれど、ただ単にレベルが足りないだけだと思われる。ちゃんと写生スキルを使って再現することができれば、例の瓢箪型変則魔法陣も、誰でも使える代物になるのに残念でならない。
僕にしか描けない、イコール僕しか使えない、だからね。
「写生というのは魔法を、属性ごと、そのまま写し取る技術なの。だから、レベルや、属性、魔法熟練度に関わらず、相応の魔力さえあれば使うことができる。低学年で習うので、知っているわよね? 要するに、対象物(紙など)に、魔法そのものを仮置きしているに過ぎないのです」
魔法陣や写生のことについての基礎は、それこそ教養科に入ってすぐ、一番最初に習うことになる。正直なところ、僕もちょっと忘れかけていた。なにしろ、専門学科に入ると、ひたすら魔法陣改変や、魔法陣の写生などの実技がメインになってしまうのだ。
「気が付いているかしら? あなたの魔法陣の描き方は似て非なるものよ。なぜなら……さっきも確認したけれど、リュシアン君にはスキルそのものがないのだから」
「え? い、いえ、描き方は違うけど、巻物に写して……」
学園長は、きっぱり首を振った。
「いいえ、それは写生ではなくただの覚え書き、のようなもの。だから、他の誰にも魔法陣として使用することが出来ないし、だからこそ、写生レベルに関係なく描くことができる。ここからは想像だけれど、あなたは特殊な形とはいえ、すべての属性を持っているのだと思うわ。ただ、それを体内で構築することが出来ないだけなのよ。見知っていた写生の技術に似せて、紙に定着させて使っていたようだけど、魔法陣が具現化するということは、そこではじめて魔法が構築されていたのだと考えれば納得できる」
学園長は元は研究者だと聞いていたが、僕なんかよりずっと僕の能力を深く追求して考えているようだ。僕ときたら「便利な能力だなあ」くらいにしか思ってなかったのだから、ちょっと恥ずかしい。
「……そうね、もしかしたら紙に描くという工程も、ゆくゆくは省くことが出来るようになるかもしれないわよ」
僕は驚きのあまり言葉を失った。おそらく口が馬鹿みたいに開きっぱなしになっていた事だろう。
なぜなら、学園長が言った巻物を省く、という方法は幾度となく、限定的とはいえ実現していたのだから。
例の、頭に描いた魔法陣をそのまま具現化する、これが、学園長が言う体外で属性魔法を構築するためのプロセスだとしたら?
「でも、そんな……」
僕は「いつでもできるわけではない」という意味で口走った言葉だったが、学園長はちょっと困ったように小さく首を振って、謝った。
「ごめんなさい、ただの仮定の話よ。コーデリア様ともちょっと話す機会があって、そのときの私と彼女の話を総合して、いろいろ仮説を立てていたに過ぎないの。なにしろ、今回の留学にも関わることですからね」
「あ、いえ……はい」
学園長の勘違いを訂正しようとして、ちょっと躊躇った。その関わる話とやらを聞いてからでも遅くないし、僕自身が、今あれこれと説明できるほどの確証がなにもなかったからだ。
なにしろ、ほぼすべて「そうなの!?」と逆に驚かされているていたらくなのだ。
「……本当に、リュシアン君には興味が尽きないわ。私なら、あちらになど渡さないで、この手で研究した……あ、いえ」
僕がちょっと考え事をしていると、学園長がニコニコした顔で何やら不穏なことを呟いて「あら、いやだ」と咳払いしている。
ち、ちょっと、本音だだ漏れてますけど?
「ともかく! ある程度の融通はきかせます。欲しい物や、準備に必要なことは遠慮なく言ってくださいね。ああ、メンバーの選出はリュシアン君にお任せするわ。連れていけると判断したメンバーになら、ある程度の情報を共有することは許可します」
確かなことは、どうやらこれはただの留学ではないということ、そして拒否も出来ない感じかな……いや、断ったら断ったで、これ幸いと学園長に拉致られそうな気がしてならないけど。
なんにしても、魔界への留学という建前上の案件でさえ、すでに驚愕とお戸惑いでお腹いっぱいなんだけどね……。
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