留学の裏側

 ん? ……あれ、ミークーリャって確か……。

 今更ながら、僕は祖母のフルネームを初めて聞いたことに気が付いた。そして、かつての英雄王の苗字と思われる名を、そのまま引き継いでいることにも驚きを禁じ得なかった。


「これは正直な話、リュシアン君を受け入れるための根回しなのよ」

「え? 僕……」


 脇道に逸れた思考は、すぐに学園長の声に引き戻された。僕は、力が抜けたように再び腰かける。

 そもそもなぜ留学なのか、という問いかけにはまだ答えてもらってない。次々と情報だけが詰みあがってきて、ちょっと訳が分からなくなってきた。

 どうやら祖母は、理事長として形式的に上に立つだけで、教育に直接関わるわけではないらしい。

 魔界には、幼年期から通しで約十年ほどをカバーした教育機関がある。その上位機関も敷地内にあり、そんな最新研究施設がある「知識の塔」へ入れるのは、かなりの成績優秀者や選ばれた者のみだという。このすべての学校、研究施設を含めた教育機関を仕切るのが複数の理事であり、その頂点が理事長である。

 とはいえ、もともと魔王自らが理事長の地位を兼任していたこともあり、ある意味でお飾り的存在になっていたのも事実で、優秀な理事たちが運営管理し、魔王は意見を纏めたり、吟味したり、主に許可するお仕事がメインになっていたのだ。

 それでも、一応は最高権力者。いろいろ融通がしやすいようにと、特別に魔王がコーデリアに用意したポストだったのだ。


「……留学というのは、本当に建前なのよ。実際に欲しいのは、その能力」


 学園長は、今回の留学の真意を語り出した。


「実は、ニーナに友人として紹介される前から、リュシアン君のことは、よく知っていたのよ。とても変わった魔法陣を描く生徒がいると噂になっていたから。教師たちの受けは悪かったようだけど、私はとても面白いと思ったわ」


 教師陣の否定的な反応のわりに、僕が順調にスキップで昇級できたのは、案外学園長の鶴の一声があったのかもしれない。


「一瞬で魔法陣を写し取る、それを描くのに筆もインクも不要。そして、他では見ない魔法陣の具現化。でも、重要なのはそんなことではない……そうでしょう?」


 僕は理事長の質問に答えることなく、ただ先を促すように目を合わせた。


「例えばの話だけれど、空間系、移動系などは現在、詠唱は不可能とされており、過去に作成された魔法陣しか存在しない。そして資料があるにもかかわらず、誰もその魔法陣を復元できないわ。でも、リュシアン君にはそれが描ける、そうじゃないかしら?」


 つまり、写生レベルに関わらず、その場で見たそのままを写し取ることができ、魔法熟練度など完全に無視して、発動することができるのだろうと聞いているのだ。

 あまり口外したつもりはなかったが、特に隠していたわけではないので、今までの出来事や噂などから、ある程度の特性は推察されても仕方がない。

 ただ、理事長が言っているのは、知られると面倒だと考えていたワープ関連の件だったので、ちょっと驚いてしまった。


「警戒しないで、この件はコーデリア様と私、一部の人しか知らないわ。今の段階で、必要以上の情報を、関係者といえど、むやみに共有するつもりはないわ。なにしろ、検証はこれからですもの」

「はい、……いえ、もともとどんな魔法陣でも描ける、ってのは秘密にしてませんし。そもそも僕の魔法陣は、僕が発動しないと、使えないんですよ」


 ワープや貴重な伝説級の魔法陣を、たとえ僕を使って手に入れても、誰にも使えないのだから意味はない。僕は、その決定的な欠陥をあえて暴露した。話の流れからして、どうやら目的が僕の巻物にあるのだと推理したからだ。

 目的こそわからなかったが、そういう意味で役に立てそうもないと、やんわりと伝えたつもりだった。

 けれど、学園長はニッコリ笑って頷いた。


「リュシアン君は、写生スキルを持ってないわね?」

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