留学にむけて

 いつの間にか、学園は長い夏季休暇に入っていた。

 ほとんどの学生が帰省する中、僕は、寮の談話室で仲間たちを数人集めて、何度か相談を繰り返した。

 結局あの後、学園長は魔界での具体的なプランについては語らず、留学の手続きや、連れていくメンバーについてなど、準備の説明に終始した。詳しくは、向こうへ着いてから直接お祖母様から聞けるとのことだ。

 なんとも、もやっとするが仕方がない。

 なんでも契約魔法やら、秘密を守る書類を作成しなければ、詳しい話は出来ないとのことだった。なにそれ、怖いんだけど。

 当然、この留学の話も今の時点では秘匿事項らしい。正式な学園からの留学ではあるが、表面上は各自の休学扱いなのだそうだ。

 まだまだ公にはできないということらしい。特にこちらにとっては、すでに伝説のような向こうの世界と、これほど緊密に繋がっているとは夢にも思っていない者が大半だろう。

 ということで。

 学生や先生方が不在の今こそ、こちらではもちろん、あちらでも行動を起こす最大のチャンス。幸いにも、魔界とこちらの休暇の時期が同じなので、なんとしても新学期が始まる前に向こうへ移動して、万全の態勢で新学期を迎えたいと考えている。

 僕を含め、今回の計画に参加するメンバーは、いずれも帰省は難しいだろう。

 ろくに連絡もできなかったので、帰省を待っている家族には盛大に顰蹙を買うに違いない。もっとも、王様辺りは事前に連絡を受けて知ってるだろうから、それとなく上手く話してくれると助かるんだけど……まあ、王様はともかくロランもいるし、大丈夫かな。

 ロランというのは、オービニュ家の元は次兄ロドルクの武術指南役だ。身のこなしは武闘家というより、執事のような洗練された所作で、言葉遣いも丁寧な紳士である。

 今は長兄のファビオを見ているが、僕の見立てでは間違いなくモンフォール王の差し金、というか連絡役だったのだろう。もしかしたら僕の護衛役も兼ねていたのかもしれない。もっとも、ゾラのようにのべつまくなし側にいたわけではなかったが、今思えば……と、思える場面で救われたことが何度かあった。


「みんなを巻き込んじゃって、ごめんね」


 談話室で集まっているメンバーに、僕は思わずそう言って謝った。

 ちなみに、メンバーはダンジョンパーティであり、僕のフラッグシップの助手でもある、いつもの顔ぶれである。

 なにしろ、僕の魔法陣の特異性をわざわざ説明するまでもなく知っており、いろいろな秘密をも共有している仲間、という点で今回の条件にもぴったり合うのだ。

 エドガー、ニーナ、アリス、ダリル、カエデ。

 ダリルは面倒がって断るかと思ったが、わりと興味津々で乗ってきた。もっとも、カエデが参加するからかもしれないけどね。

 カエデは、魔界にこそ行ったことはないけれど、それでも貴重なあちらの住人。ナビゲーターとしての役割として、当然ながら参加である。


「あら、謝る必要はないわよ。というか、むしろ誘わなかったら怒るわよ」

「そうそう、私たちはリュシアン軍団なんだからね!」


 いつそんな軍団になったのか、ニーナやアリスはむしろワクワクしてるようだ。とはいえ、見知らぬ場所に、しかも大きな組織が絡んでいるような、いささか面倒臭そうな案件なのだ。やはり、申し訳ない気がしてしまうのである。

 

「だが、リュシアンに何をやらせようっていうんだ?」

「それだよな、なんにしても俺たちなんか完全にオマケだし、リュシアンをいいように操るための人質なんじゃねぇの?」


 エドガーがもっともな質問をすると、ダリルはいつものようにひねくれたことを言ったが、僕はそれがまんざら冗談ではない気がしないでもなかった。

 人質なんて物騒な意味合いじゃないにしても、僕に、気分よく何かしらをやって貰うための、接待待遇のようにも思ってしまう。

 だって、人数も人選もまったく僕任せで、とくに条件も付けられなかったのだ。


「僕もまだ詳しくは聞いてないけど、魔法陣に関係することってことは確かだよ」


 魔法陣ねえ、とニーナとエドガーは憶測を飛ばしながら話し合っている。

 実のところ、もう少しだけ学園長から情報を貰っていた。

 こちらと向こうの繋がりのこと。

 麒麟――リンの登場が切っ掛けで情勢が変わってきたこと。

 そして、今回のことは、最終的に僕の面倒事を先回りして潰す、ということになるのだということを。

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