蘇生薬(仮)
彼女は、アンソニー王子の状況を知る数少ない人物の一人らしい。
ここへ至るまでには、ニーナの口添えで未踏破ダンジョンへの探索許可など、学園長にはいろいろ便宜も図ってもらったりしたわけだが、そのおかげもあって事がサクサク進んだ。
「これはマナ草ね、わたくしは図鑑でしか見たことはないわ。ニーナが言っていた特別クラスでの成果がこれなのね? まあ、ソティナ草まで……」
「大叔母さま、知ってらっしゃるの?! だって、これ」
ブリジットは人差し指をたてて、唇に当てた。ニーナはあっと口を押える。
「聞かなかったことにして頂戴。本来、わたくしくらいの地位では知りえることではないのよ」
要するに、その上の地位ならしっているということだ。ふいに彼女と目が合うと、僕に向かってにっこりと微笑んだ。どこまで知っているのか気にはなったけれど、今はお互いに優先すべきことがあるので触れないことにした。
「学園長、この度は貴重な機材の使用許可を頂きありがとうございます。学園から発表するつもりのない案件にも関わらず、ご協力いただき感謝いたします」
「いいえ、ユアン先生。なにも聞かず、この子たちの助けになってくれてありがとう。わたくしこそお礼を言わなければね」
一通りの挨拶を終え、学園長とニーナには、ここでお茶でもして待ってもらうとして、さっそく僕と先生は特別にあつらえた実験室へと入った。
狭い部屋の中に、何やら高そうな魔道具がごちゃごちゃと置いてある。
蒸留機に、遠心分離機などなど、僕が旧式の道具でチマチマ作業していたのが馬鹿らしくなるほど、そこには近代的な装置が揃っている。
あるところにはあるというやつである。これらには聞くだけで血の気が引くくらいの貴重な魔石がふんだんに使われているということだ。
うん、僕は当分旧式でいいや。
「材料は全部揃っているし、必要な調合や錬金も済んでいる。あとは最後の仕上げだけだね。むしろ気になるのは、その完成度なんだけど」
「前にも話したように、薬の基材に色違いのべス草を使っているので、失敗は少ないと思います」
「そうだね。あとは、高祖母の残したレシピが完成品であることを願うばかりだ」
「……はい」
そう、不安の一つはそれだ。今回のレシピは、あくまで公式なものではなく、個人の研究のメモに過ぎない。しかもその効果、効能は、いずれも今現在に伝われているものではない。
少なくとも、こちらの世界では……。
ユアン先生の高祖母とされる人物は、僕の予想では魔界の住人だったようだし、あちらならそんな薬でさえ存在しないとは言いきれない。貴重な素材ばかりとはいえ、少なくとも魔界ならこれらの材料は揃えることが出来るからだ。
だからこそ、このレシピがでたらめなものだとは思えなかった。
お祖母様は言っていた。魔界の方が、魔法や魔法道具はもちろん、人が得意とする魔技、その他あらゆる技術も、はるかに発達していると。
「最後の調合は君がやってください」
「え? でも、これは先生の高祖母様が遺したレシピで……」
当然、ユアン先生が仕上げをするものだと思っていたので、その申し出を断ろうとした。
「いいえ、リュシアン君。これは譲る譲らないの問題ではありませんよ。完成度を上げるため、言い方は悪いけれど、手段や道具の選択に過ぎません。薬剤師は、人の命を預かる職業です。これが只の研究であれば、あるいは私はこの手で行ったでしょうが、すでに患者が待っている薬なのでしょう? それなら私情も、感傷も介入させてはいけません」
これまでの二人の薬づくり、実験時の完成確率、それらを冷静に判断してのユアンの言葉だった。
「それにです。この薬では、学会に発表できないじゃないですか。他にもレシピはあるし、私はちゃんと発表できる薬で勝負しますよ。ああそうだ、お礼なら、それら貴重な薬草で構いませんよ」
確かに、現時点でこの蘇生薬(仮)を、発表するのは混乱が大きいだろう。ユアン先生は、もちろん僕に気兼ねさせないようにそのようなことを言ったのだろうけれど、その取引に応じることにした。
「ありがとうございます。その時には、お手伝いさせてください」
「さあ、そうと決まれば準備準備。仕込んでおいた各種薬草の蒸留も、そろそろ終わります。リュシアン君、そっちのランプに火を入れて、あと乳鉢を……」
そうして僕達は、約半日かけて実験室に閉じこもり、ようやく薬の調合を終えることができたのである。
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