学園長

 ユアン先生の個人研究室は、外から見ると普通のログハウスの作りだ。内部は意外に広く、薬品作りに必要なものは大体揃っていた。

 先日ダンジョンで入手した素材を、僕とユアン先生で薬の材料として使えるように、それぞれ手分けして錬金加工や調合を終えた。

 約束通り、これからの素材調合を扱うのは先生と僕だけである。


「これらの薬草は、ニーナとの共同研究で栽培したものです。同チームの仲間たちにも手伝って貰いました」


 僕がニーナに目配せを送ると、彼女はユアンに軽く会釈をする。過程を一切見ない条件で、ニーナだけはこの場に同席することを了承してもらったのだ。

 テーブルの上には、薬草他、材料の一部が並べられている。

 ソティナ草、マナ草、色違いのべス草、そしてキングサハギンの肝。こちらでは絶対に手に入らない素材がそこには置かれていた。


「驚いた……、一体どこで」


 思わず問いかけそうになって、ユアン先生は小さく首を振った。何も聞かないとの意思表示だろう。


「リュシアン君、感謝するよ。まさか、叶わぬ夢だと思っていたことが、現実になるとは」

「先生、まだ成功するとは限りませんよ」


 まるですでに完成したのような喜びように、僕は思わず慌てて首を振った。水を差す気はないが、これでは失敗した時の落胆ぶりが想像できてしまう。


「いえ、私にとっては実験が叶うだけでも、ほぼ夢は果たされました。あとは、これが貴方たちの望むものであることを、私も切望していますよ」


 予想に反して、むしろ僕達に気遣うような微笑みを見せた。彼は研究者である前に、人を癒す薬師なのだ。理由を知らずとも、これが誰かを救うためのものだとわかっているのだろう。


「ありがとうございます、先生」


 それに応えたのは、ニーナだ。制服の裾をつまみ、淑女の最上級の礼をもってユアンの心に感謝を述べたのだ。

 そんな時、そこへ一人の女性が現れた。


「ノックをしても返事がなかったから、勝手にお邪魔させてもらったわよ」


 板張りの床を静かに歩いて来たのは、白髪交じりの髪を結い上げた妙齢の女性だった。どこか男性にも負けない貫禄や威厳と、女性特有のたおやかな気品を併せ持った、独特の雰囲気の人物である。


「……が、学園長?」

「え? うそ、気が付かなかった。ごめんなさい、大叔母さま」


 ユアン先生と、ニーナが交互に驚きの声を上げている。僕と来たら、ただ漫然と見上げるばかりだ。そういえば、全校集会などで数回見たが、こうして間近で会うのは初めてかもしれない。


「私が呼んだのよ。ごめんなさい、話すのが遅れて……」


 ニーナ曰く、学園長、ブリジット・リュド・ザッカリーは、ニーナの母親の叔母とのことだった。

 ニーナの母は、ドリスタン王国の属国で、裕福な商業都市国家テレンスの王女であり、その母親、つまり祖母は由緒ある侯爵家の令嬢で、ブリジットはその姉である。

 ブリジットは、当時の女性としては異例なことながら結婚もせず、学問に明け暮れて、やがては教育にその活動の場を移したのだという。

 そのため、自分の子供がいなかった彼女は、亡き妹の孫であるニーナやアンソニーのことは、それこそ目に入れても痛くない程可愛がっていたらしい。

 彼女は、僕達のすぐそばまで歩いてきて、テーブルに置かれた素材の数々にサッと目配せして、一瞬だけ驚いたように息を呑んだが、すぐに平静を取り戻して微笑みを浮かべた。


「話はニーナに聞いているわ。もちろん余計な口出しもしないし、研究内容を詮索したり、口外したりは絶対しないと誓います。ただ、ニーナと共にここにいることを許してちょうだい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る