サラマンダー戦2
「……よっしゃ、レッドサラマンダーがこっち向いた。おびき寄せるぞ」
さっそく、ダリルがノルを先行させて、レッドサラマンダーの気を引いた。ノルはハイムーブを駆使しつつ、おちょくるように次々とレッドサラマンダーを釣ってみせる。
近寄って来たサラマンダーは、順にニーナの蹴りとダリルの針の穴を通すような魔法により、確実に、けれど静かに転がされていく。もともとレッドサラマンダーは、ヘルサラマンダーの周りをノシノシと歩き回っていたので、これくらいの騒ぎでボスが起きることはなかった。
「よし、あと一匹。倒したら、すぐ全員で廊下側まで下がって……」
なにしろ僕の魔法陣はまだ開発中といってもいいくらいの完成度だ。実験も重ねてないし、ましてや発動実験はほぼ皆無である。そう、ぶっつけ本番なのだ。
もし失敗して、全員がマヒでもしようものなら目も当てられない。
「うまく発動してくれよ」
巻物を開き、魔物に向かって魔法陣を展開させる。
次の瞬間、まるで雷のよう光が、カッと薄暗い洞窟内を真っ白に染め上げた。白に近い黄色い魔法陣が一瞬浮かんで、パリパリッとヘルサラマンダーの背中を小さな稲妻が走る。
トカゲのような太い胴体が、ビクンと跳ね上がり、のそりと起き上がるような仕草をした。
「うおっ!? く、来るか?」
ダリルは、ちょっと身構えたが、その巨体はそのまま横倒しになった。どうやら、しっかりと痺れているようである。
「数分でマヒは解けるから、今のうちに逆鱗を!」
「はーい。それにしてもまだ目がチカチカしてるわ。いつにもまして眩しかったわね」
「性格は地味なくせして、やることは派手なんだよアイツは、ったく質がわりぃぜ」
目の前に影がちらつくのか、カエデは何もない空間を手で払っている。
ダリルはいつものように僕をディスりながらも、巧みなナイフさばきで逆鱗を完璧な状態で剥がしてみせた。
ようやく動き出したヘルサラマンダーだったが、逆鱗さえなければこっちのものだ。しっかり弱点部分をついて速攻で倒すことに成功した。
あらためて観察すると、稲妻が走ったところの鱗が若干焦げていたので、このマヒの補助魔法陣にはまだまだ改良の余地はありそうだ。たまたま寝こけていた相手だった為狙いを外さなかったが、向こうが動き回っていたら的中させることは出来なかったかもしれない。というか、こっちも目つぶし状態だったし。
雷魔法はもともと魔法陣が眩しかったけど、洞窟内ではほとんどフラッシュも同様である。
洞窟では、やっぱり水系の霧をつかった補助魔法を、もうちょっと頑張って改良したほうがいいかな。
「ちょっと、リュシアン? 素材を早く処理したほうがいいんじゃないの」
「……おっと! 本当だ、いけない、ヤバイ」
カエデに注意されて、慌ててダリルから逆鱗を受け取ると密閉容器に仕舞った。ヘルサラマンダーの本体は、そのままの状態でバッグに放り込む。あの硬い鱗は素材としてかなり役に立つし、肉も鶏肉のように淡白で美味しいらしい。
「もうっ、すぐに自分の世界に入っちゃうんだから。リュシアンって冒険者っていうより、本当、学者っぽい気質だよね」
腰に手を当てたカエデに呆れたように注意され、僕は慌てて後始末を始めた。
「ごめんってば、ニーナもごめんね。こんな時に、自分の研究の方に気を取られちゃって」
「なにを言っているのよ、なにもかもその成果のおかげじゃない。ほら、ダリルがキレる前にさっさと片付けちゃいましょう」
すでにダリルはさっさと、大量に倒したレッドサラマンダーの素材剥ぎに向かっており、あちこちに積み上げられた素材を、総出でひたすらフリーバックに放り込んでいった。
レッドサラマンダーは、とにかく速攻で倒すことを優先したので貴重な素材はそれほど取れなかったが、それでも牙や硬い鱗、焦げてない肉などなかなかの収穫はあった。
弱点が厄介、という以外は難易度の低い敵だったため、それほど苦労せずにミッションを終了できた。
地上へ戻ると、ジュドさんに無事に成果を得たことを伝え、いくらかの素材の分け前を、報酬とは別に渡して感謝の意を示した。
「本当に、ぼっちゃんは義理堅いな。冒険者なんてものは、決めた報酬だけ渡して働かせときゃいいんだよ。でもまあ……あれだ、クライアントに喜ばれることが嬉しかったのは初めてだぜ」
断るのも不義理になると言って、ジュドさんはお礼として貰った素材を大事そうにフリーバッグに仕舞った。
それから例の涙の石の雫は、依頼者が涙を流して喜んだと笑っていた。
「そうそう、あの瓶。何か知らねぇが、薬剤師のおっさんがえらく執着して来たんだが、すげぇもんだったんだな。ほら、コレありがとな」
律儀に返してきたジュドに、当然それごと渡したつもりだった僕は、受け取らなかった。
「よかったら、使って。わりと役に立つよ。そうそう、使用後は魔水ですすいでね」
今まで自分で使う分しか作らなかったが、この先、こういうアイテムもいい資金稼ぎになるのかもしれない。いずれ自立したら、やっぱりお金はいくらでも必要だしね。
そして僕達は、日が暮れる前に慌ただしくここを引き上げることになった。
ダリルやカエデなどは、未踏破のダンジョンに未練があるようだが、いずれそういうダンジョンにも挑戦できるようになるから、今回は諦めもらうしかない。
もちろん二人に詳しいことは話してはいないが、僕とニーナの様子から何かあるだろうということはわかっているのか、このトンボ返りの強行軍にダリルでさえゴネることはなかった。
「困ったことがあれば、いつでも連絡よこしな。ぼっちゃんのためなら海だろうが越えていくぜ」
「ありがとう、ジュドさん。パーティのみなさんも、慌ただしくてすみません。いずれご縁がありましたら、是非ご一緒してくださいね」
ジュドさん達に見送られながら、迫りくる夕闇に追い立てられるようにして、僕らは、やたらと縁のあるそのダンジョンに別れを告げたのだった。
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