エイブラハム公爵

 週末の休暇を使って、僕とニーナ、エドガーは馬車で王都へと向かった。

 ドリスタン王国の王都。その城下町へ入る大きな門を越え、王城へと向かう大きな街道へと馬車を進めていく。見渡す限り、美しい街並みがどこまでも続いていて、まさに圧巻だ。さすがに大都市である。

 豪奢な王城を中心に、都会的でおしゃれな建物が取り囲むように連なっていた。モンフォールの王都が武骨な印象を与えるとしたら、こちらの王都は瀟洒な印象が特徴といえるだろう。

 玄関前に大きな噴水を構えた立派なお屋敷が、王城のすぐお膝元にあった。ニーナの姉が嫁いだという公爵様の住まいである。

 それほど大きくはないが、こちらは王都での住まいなので、自らの領地にはちゃんとお城があるのだろう。

 エイブラハム公爵閣下。現国王の一番下の弟である。そしてその妻であり、ニーナの姉の名はスザンナといった。

 城下町の門番から連絡を受けたのか、二人は玄関先で待ってくれていた。

 パーティは夜なのだが、彼ら二人がニーナに会いたいと連絡を寄越してきたので、こうして僕達も朝早くから向こうを出てきたのである。

 馬車を下りたニーナの装いは、普段の軽装だ。スザンナが控室を用意するので、そうしてよいと前もって連絡をくれていたのだ。


「ようこそニーナ、久しぶりね。何年ぶりかしら? あなたったらぜんぜん寄ってくれないのだもの」

「お姉様、今日はご招待ありがとう。私も会いたかったのよ」


 二人の美人姉妹は、親し気に両頬にキスを交わした。スザンナとニーナの年齢が離れているのは母親が違うからということもあった。スザンナは少し浅黒い肌の、異国風のエキゾチックな女性であった。

 ニーナ達の再会を待ってから、僕とエドガーもエイブラハム公爵に挨拶をした。


「お招きありがとうございます。こうしてお会いできる日を楽しみにしておりました」


 エドガーは、自己紹介を交えながら片足を後ろに引き、正式な礼法で挨拶をしてから次に僕を紹介してくれた。長年の夢だった「弟」の部分に異様に力が入っていて、思わず吹き出すところだった。


「お初にお目にかかります。リュシアン・マテュー・ド・モンフォールです。この度は過分な役ながら、ニーナ王女をエスコートさせていただきます」

「おお、そなたがモンフォール王国の第四王子ですな。失礼ながら、ご病弱だとお聞きして心配しておりましたが、噂などあてになりませんな」

「あなた、失礼ですよ。このように立派な王子殿下をそのように」


 それまでニーナと話していたスザンナが、そう言って公爵を窘めた。そしてすぐに小声で、ニーナに一言二言伝えてこっそりとウインクをした。

 何を話したのか聞こえなかったけれど、ニーナがすぐさま真っ赤になって、僕の方をチラリと見てきた。

 なんだかわからないが、女子トークが繰り広げられているのは確かである。久しく会っていなかったというが、この二人はとりわけ仲の良い姉妹のようだった。


 それにしても、いつもと違う視線の高さにはちょっと慣れない。

 僕の姿は、みんなにどのように映っているのだろう? もちろん、姿見を使ってちゃんと確認済みではあったが、これで誤魔化せるのか不安でならない。

 なぜなら、僕から見ればそれほど別人と言うほどの変化ではないからだ。


 先日――。

 この日を迎えるために、僕は巻物を十本ほど使ってリュシアン王子としての姿を作り上げた。ニーナたちは初めの変身が気に入らなかったらしく、あの後にアレコレと注文してきた。それこそ、その試行錯誤には数日を要することになるほどに。


「リュシアン、背は私と同じくらいでいいわよ。それにもうちょっと子供っぽくてもいいわ!」

「そうね、それに髪はもう少し短めで、うん……ほっぺも、今くらいぷにぷにで」

「……え? それだとあまり変わらないんじゃないかしら」


 ニーナとアリスの怒涛のダメ出しに僕が面食らっていると、カエデも同じことを思ったのか、当然のツッコミを入れた。僕もそれ言おうと思った。


「だいじょうぶよ! 背がつり合えばいいんだし、リュシアンの実年齢ならこれくらいが普通でしょ? だったら顔だってそんなに大人びてちゃ変だもの」


 いや、僕だとわからないようにするのが目的だったような……。

 そう思いながらも、意見を聞きながらちょっとづつ姿を変えていった。結局、十二、三才くらいの設定で、背の高さはニーナと同じくらい。毛先だけゆるく巻いたストレートの髪で、色は今と同じ金髪、その長めの髪を後ろで一つにまとめてリボンで結った。

 いかにも王子様、という容姿にはなったが、知り合いが見ればリュシアンだと気が付くだろう。それに気のせいか、ちょっと女の子っぽいような気もする。僕としては、もっとキリッと男らしい感じがよかったんだけど。

 

「いいのよ! もともと伯爵家のリュシアンと、リュシアン王子は血の繋がった親戚ってことでしょ。似てて当然なんだから、構わないわよ」


 確かに、もし伯爵家のリュシアンが実在したとしたら、母親同士が姉妹ということになるから間違いではない。

 ちなみに、エドガーに似せてみるのはどうかと提案してみたが、エドガーは大喜びしたが、女子には速攻で拒否された。あまりに激しく拒否られたので、エドガーはしばらく隅の方でチョビとペシュを抱きしめて拗ねていた。なんか、ごめんね。

 何にしてもニーナがいいというなら、今回はこれで行くしかない。

 とにかく、バートンもこれで煙に巻かれてくれて、ちゃんとパートナーとして立派にニーナの相手が務まれば、僕としても苦労した甲斐があったというものである。

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