変化(へんげ)

 僕の希望はともかく、もちろん身長は年齢相応にしなければならない。

 すっかり本人は置いてけぼりで、女子三人はああでもないこうでもないと相談が始まってしまった。


「少しくらい不自然でも、バートンを黙らせるために実年齢より少し大人びた感じで……」

「そうね、コーデリア様と、こちらでお会いしたアナスタジア様、ご兄弟のなかで一番似てらっしゃる長男のファビオ様を参考にして……」

「ああ、噂のコーデリア様を知っているカエデが羨ましいわ」


 巻物を持ったまま、僕はというと、それら意見を聞きながら突っ立っていた。正直、初めて使うスキルなので何がどうなるか、どこまで自分の意思に沿った変化が出来るのかわからない。


「なあ、御託を並べるよりやってみたらどうだよ」


 ダリルがついに我慢できなくなったらしい。

 エドガーなどは、もう関係ないとばかりにペシュと一緒にオレンジを齧っている。その頭の上には、女子たちに囲まれた僕から避難したチョビが、すっかり定位置のように座っている。


「そうね、リュシアン。うまくイメージできそう?」

「やってみないとわからないけど、えとお祖母様に似せるんだっけ?」

「私たちは直接お会いしてないけれど、リュシアンのお母様にも似てらっしゃるのでしょ?」

「そうだね、似てると思うよ」


 カエデに続いてニーナが聞いて来たが、母親は僕も肖像画でしか見たことがない。

 取りあえず、カエデの言うようにファビオ兄様にも少し寄せて、ちょっと大人っぽく……だったかな。

 輪ゴムを外して、僕は巻物を発動した。

 これはスキルなので描かれた魔法陣は墨色で、空中には白く展開する。


「……わ、わっ! なんか、ちょっと視界が?」


 どういう原理なのだろうか、よくわからなかったが、どうやらこれは幻惑による幻ではなく本当に姿が変化するようだ。

 なにしろ、僕の目線がぐんっと上に上がって、びっくりしたように見上げたニーナ達を、あっという間に見下ろす形になったのだから。


「うわあ、不思議。みんなが下にいるよ」


 思わず笑いが込み上げてきて、僕はつい興奮してはしゃいでしまった。その驚きがひと段落してみると、今度はみんなが一言も発してないことに気が付いた。


「……どうしたの? あ、なんか僕おかしい?」


 ちょうどすぐ目の前、というか見下ろした先のニーナに目線を合わせた。

 すると、びっくりするほど過剰に反応した彼女は、数センチ飛び上がってすぐさま後退った。

 カエデも瞬きもせずあんぐり口を開けているし、その横でアリスが「うん、ありじゃん。そっか、そっか」となにやらそろばんを弾いている。

 アリスから一番ヤバイ波動を感じたのは気のせいではないだろう。なにが有りなのか、たぶん聞かない方がいいかもしれない。


「ねえどうなってる? この視線からすると、ちょっと背が高すぎたかな」


 たぶんこれだと、長身のニーナより頭ひとつ以上高い。僕の年齢だと、普通でも育ちすぎかもしれない。無意識の希望が入り過ぎちゃったのかもしれないね。

 すると横合いから、ちょっと面白がるような声が聞こえてきた。


「まあ、身長もだが……それだとニーナの虫よけどころか、無駄にホイホイすることになるかもな」


 行儀悪くテーブルに頬杖をついたダリルは、そう言って肩を竦めていた。

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