氷の塔

※※※


 ニーナは、エイブラハム公爵夫妻と向かい合って座っていた。

 リュシアン達には客間で寛いで貰い、こうしてニーナと話がしたいという夫妻の願いを叶えることとなった。


「ニーナ姫は学園に行って、とても良い出会いをしたようだな。だが、リュシアン殿下とはどこで知り合ったのだ? 学園では一緒ではなかったのだろう」

「あなたったら、そんな根掘り葉掘り聞くものではありませんよ。ご学友にエドガー殿下がおられるのだもの、出会う機会もあったのでしょう? ねえ、ニーナ」


 公爵を窘めながらも、ちゃっかり自分も聞きたそうなスザンナであった。


「叔父様、お姉様、お話しがあるのではなかったのですか?」


 それこそ根掘り葉掘り聞かれては困るので、ニーナは適当なところで話を変えた。もとよりこうして個別で話がしたいと言い出したのはスザンナなのだ。


「ごめんなさい、そうね。あまりに素敵な殿方たちだったから、どちらが本命……」

「お姉様っ!」


 本格的に睨みを聞かせたニーナが、一つわざとらしく咳ばらいをした。


「……そうだな、なかなか陛下にお伺いできないから、こうしてニーナ姫を呼んだのだ。そろそろ本題に入ろうか」

「だって、憂鬱なお話しなんですもの。ニーナの恋バナの方がよっぽど建設的ですわ」


 公爵が苦笑して居ずまいを整えた横で、スザンナはこっそりとため息を付いて肩を竦めた。ニーナとしてはどっちも困った話題ではあったが、リュシアンのことはそのうち姉には話すことになるだろうと思った。


「……で、どうなのだ?」


 公爵は、一段声をひそめてニーナに詰め寄った。


「お医師様は、状態は悪くなる一方だと……」

「……あれ以来一度も?」


 そう答えたニーナに、スザンナは端的に質問した。ニーナが頷くと、スザンナは痛々しそうに口元を隠して、お可哀想にと小さく漏らした。

 それは、ごく一部の者しか知らない秘密だった。それこそ、親兄弟でも同じ城で暮らすとは限らない王家だからこそ、秘密にできたことだったかもしれない。


 ――王太子であるアンソニーが、実は影武者だということ。


 そして、本物のアンソニーが王宮の離れの塔――氷の塔と呼ばれる滅多に人が立ち入らない場所で、十年以上も眠っているということを。

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