予兆

 翌日の食堂、学生達の昼食の準備が始まる少し前に、学園側に許可を取って調理場の一部を貸してもらった。

 目の前のまな板には、すでに切り分けるだけという状態の魚の半身がのっている。

 周りを取り囲むようにして、ニーナ達も覗き込んでいた。


「さすがダリルだね。なんだかんだ言って、頭からウロコに至るまで、ちゃんと細かく分類して解体しちゃうんだもん」

「ほとんど普通の魚と同じだったからな」


 苦手だと言いつつも、ダリルはあの巨大な魚をきちんと捌いてみせたのだ。

 硬い頭も、ナタを使ったとはいえ、さくっとバターでも切るように的確に切り分けた。まるで手品のようだったが、どうやら刃を入れる場所にコツがあるらしい。僕には、まだそこまで見極めることはできなかった。

 昨夜のうちに、素材はことごとく保存するための処理を施して、本日、食用の肉だけをこうしてみんなの前に取り出したのだ。


「こんなことくらいで騒ぐんじゃねえ、そんなに寄るな」


 僕があんまり褒めちぎるものだから、ダリルは嫌そうにハエでも追い払う仕草をした。まったくもう照れ屋さんなんだから、と僕が生暖かい目を向けると、それに気が付いたようにギロリと睨まれてしまった。

 そうして、僕らは全員で珍しいお刺身を味わうことになった。

 

「……こりこりしてて、美味しいわ。初めての食感だけど」

「噛めば噛むほど甘いってやつね。結構好きな味かも」

「うーん、俺はあんまり……生っていうのがちょっと」

「俺は、別に普通だな」


 順に、ニーナ、アリス、エドガーにダリルだ。カエデは言わずもがな、黙々と食べている。本当に、お刺身すきだよね。

 意外にも、女子には概ねうけて、男子にはあまりうけなかった。

 生が嫌だというので、エドガーには特別に味噌で漬けこんでから焼いたものも提供したが、こちらは大絶賛だった。こればかりは好みの差なのだろう。

 だが、総合的にはキングサハギンが美味しいということで間違いはないようだ。


「素材は売らずに、保管ってことでいいかな?」

「いいんじゃない? 別に資金に困っている訳じゃないし、下手に騒ぎになっても面倒だしね」


 ということで、授業の合間に集合していたアリス、エドガー、ダリル、カエデがそれぞれの教室に戻っていった。僕とニーナもこの後は、それぞれの学科に別れて授業がある。


「ねえ、リュシアン。ちょっとお願いがあるんだけど」


 すると、ニーナが憂鬱そうな面持ちでそう切り出してきた。


「うん? いいよ、なに」

「……週末、ちょっと付き合ってほしいの」


 ニーナにしては歯切れが悪く、気乗りしない様子がありありと窺えた。なんだろう、それでも行かなくてはならない用事なのかな。


「僕で良かったら、もちろん……」


 それなら尚更、一人で行かせるわけにはいかないだろう。なにかは知らないけれど、僕がいることで少しでも気がまぎれるなら喜んでお供しよう。


「おや、こんなところにおいででしたか、ニーナ姫」


 その時、僕の台詞を遮るようにして、いきなり後方から男の声が割り込んだ。

 それが誰かはわからなかったが、向かいのニーナの表情があきらさまに不機嫌そうに歪んだので、あまり歓迎すべき相手でないことだけはわかった。

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