ペシュの瞳の向こう

 取りあえず、いつでも出発できるように準備を始めた。前回もそうだったが、直接危害を加えるようなことはしてこない。大方、神殿側の捜索か偵察といったところだろう。

 すでに見つかっていると見たほうがいいのかもしれないな。

 ゾラは、出入り口を警戒している。

 ペシュもまた、引き続き辺りを偵察中である。

 目的のものは手に入ったし、僕達は脱出を優先することにした。


「あれだけで大丈夫? もっと摘んでいった方が」

「そうなんだけど、今回は乙女の条件を満たすための薬を作るだけだからね」


 あの毒が想像通りのものなら、実際には放っておいてもいずれは沈静化するだろうし……。

 もちろん、これ以上なにもされなければの話だけど。


「あ、そうだ。さっき、リュシアンが言いかけたことってなに?」

「ん? ああ、べス草のこと?」


 僕達は、取りあえず三階層の階段近くの空白地帯を目指して歩き出していた。魔物を追って、そのまま周辺を警戒しているペシュとも、そこで合流するつもりだ。

 道すがら、僕はカエデの疑問にちょっとだけ説明をした。


「薬草のほとんどは、このべス草から変化したものだといわれているんだ」


 べス草は、環境に応じて変化する性質を持っている。マヒの薬となるヒビ草や、解毒薬、気付け薬など、いろいろな状態異常に有効な薬草のほとんどが、この薬草から進化したものだという仮説がある。

 今回は特殊な毒に抵抗力を持った個体を探しているわけだけど、もちろんこの短期間でそれに効く薬草に進化したわけではない。でも、草が毒素を中和しようとする過程で出すエキスは、万能薬にも使われている妙薬なのだ。

 余談ではあるが、とある大手の研究所では、このエキスを取り出すために水辺を有する洞窟を専門に借り受けて、大規模に実験しているという話もあるほどだ。

 これは、摘むとすぐに消える厄介な性質があり、たとえフリーバッグで持って帰っても半分以上はダメになっているという不安定さである。そこで僕は、状態が変化しにくい付加を付けた瓶に、遮光の処理もしたというわけだった。


「なるほどね、難しくて私にはわかんないけど、お母さんがそう言うなら大丈夫かな」

「僕も興味のある分野だし、いろいろ勉強になるよ」


 最近では薬草学のほうがちょっとなおざりになっていたし、今回の戦利品の土もあることだし、僕の薬草畑が充実したら、ちょっとそっち方面にも力を入れてみたいな、と考えた。

 そろそろ空白地帯に着くかという頃、まだ戻ってないペシュに意識を戻すと、どうやら気配を追ってちょっと深追いしてしまったらしく、行き止まりで立ち往生している様子だった。


「ペシュ、もういいよ。戻っておいで」


 行き止まりの道が、そのまま沈み込むようにして浸水しているところを見ると、多分真ん中の道を進んでいったのだろう。僕はてっきり道がなくなって戸惑っているのかと思ったけれど、次にちらっと見えたものに思わず「えっ」と声を上げてしまった。


「ちょっと、どうしたの? 見つけたの?」


 ゾラもこちらに気を配りながらも、出入り口を見張っている。


「あ、いや、さっきまでの気配とは違くて……でも、どこかで」

「なによ、何が見えてるの?」


 ペシュの映像は、そこで一度消えた。

 まだ長時間視界を繋げることは難しく、魔力が切れる前に自動的にスキルが解除されるのだ。

 しまったな、さっきの休憩の時に魔力を補給しておくべきだった。

 あの姿、一瞬ではっきりと見ることが出来なかったけれど、印象的なあの姿には見覚えがあった。

 ――そうあれは、以前あの湖の中央に立っていた獣……いや、それだけではない。それよりずっと以前、なぜだか僕は会った……触れたことがあるような気さえするのだ。

 ずっと、幼い頃……。

 たぶんこれは、記憶というより物心つく前に焼き付いた映像、とでもいうのだろうか。

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