薬草採集

 水に毒の痕跡はなかったけれど、乙女はこのダンジョンにまで影響があったと言っていた。地上の湖周辺の薬草は、すでに毒の影響を残したものはなかった。もともと日当たりがよく風通しが良い場所では、すぐに状態が変化してしまうので今回の目的のものは期待薄なのだ。

 それで地底湖に目を付けたわけだけど……。


「カエデも手伝って。これ、アリソンさんから預かってきた鑑定の巻物。あ、ゾラもお願い」

「え? ええ、でも何を調べるの? だって、これべス草でしょ?」


 数十本の巻物、アリソンさんのところにあったのは中級以上のもので、正直かなり高価な物だが、この際、仕方がない。それと、僕が持っていた普通に販売されている鑑定の巻物。まあ、これは僕が魔力を使えない状態の時などに他の人でも使用できる巻物をと用意したものだ。鑑定の他に、ヒールやキュアもある。

 正直これでも足りるかどうか。なにせ、この無数にある薬草を一本一本鑑定しなくてはならないのだから。


「効能の欄に変化のあるものや、最後に追記と表示されているものがあったら教えて」

「……わかったわ」


 カエデもようやく何かを感じ取ったのか、神妙に頷いた。ゾラも同じように頷いて巻物を受け取った。


「じゃあ、三方向に別れて探して」


 地底湖から放射状に奥へと進む形で薬草の鑑定を始めた。

 水の方はすでに毒が消えていた。おそらく新たに毒を投げ込んだとしても、乙女はすでに警戒しているので、湖からこっちへ影響が来ないようにするだろう。たぶん、これが最後のチャンスともいえる。

 黙々と三人は鑑定の魔法を使いつつ、薬草を一つ一つ調べていった。なにしろ巻物は限られている。もっともアリソンさんならごく初級の鑑定を使える訳だが、立場上あの小屋を長く空けるわけにはいかないだろう。


「……あ、リュシアン!」


 僕がつらつらと考え事をしていると、カエデが下を向いたままで叫んだ。

 どうやら他の個体と違うものを見つけたらしい。僕とゾラは慌てて駆け寄った。彼女が指差す薬草に、僕が更に鑑定の魔法を重ねる。

 名前、効能。その先に、ごちゃごちゃと成分が書かれているが、それは飛ばして最後、追記を読む。取り込んだ毒素を阻害するために組織の一部が変化、とあった。


「……これだ」


 僕は慌ててフリーバッグから、用意してあった瓶を取り出す。ガラス瓶は通常透明だが、この瓶は遮光の処理がしてあり濃い群青色だった。他にも状態保存の魔法処理をいくつか施してある。

 その薬草を摘み取って瓶に入れ、すぐに蓋をしてフリーバッグへと放り込んだ。

 そんな調子で、引き続きカエデたちに協力してもらって同じものを数本見つけ、先ほどのように処理して順調に回収していった。


「こんなものかな……」

「これが薬になるの? だけど、これってどこまで行ってもべス草よね」

「そうなんだけどね、このべス草っていうのは……」

「リュシアン様!」


 カエデと話しながら立ち上がった時、ゾラはそんな僕達を押さえつけるようにして再び座らせた。


「ゾラ? ……どうかした」

「これは、たぶん前と同じ気配です。アリソン様の小屋で感じた……あの」


 以前、誰かの従魔だろうと思われた気配。

 どうやらその時と同じ気配を感じたと言うのだ。もしもゾラの言うように、それが小屋で感じた気配と同一だというのなら、これはもう偶然ではないだろう。

 そうなると、狙いはカエデ?

 なにしろ僕達はこちらに来てまだ数日。向こうならいざ知れず、こちらで誰かに狙われる理由はないと思われた。

 どちらにしても、野生の魔物に執着される覚えはないので、間違いなく誰かの従魔だろう。たぶんペシュよりレベルの高い魔物だ。ペシュの警戒に引っかかった時には、既に姿を消していたようだ。

 一応追いかけさせているが、おそらく追いつくことは難しいだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る