迷い人2

「魔族だからなに?! 差別なんて、どんな田舎者よ」


 カチンときたのか、少女はリュシアンの後ろから前に出て、今まさに「魔族」と口走った男を指差した。青く澄んだ瞳が一瞬だけ血のように赤く染まり、男は思わず尻込みする。


「なんなの……、一体何が起こったのよ?ここはアルヴィナの首都じゃないの?だいたい、なんでこんなに人族が多いのよ!?」


 今度はくるっとジーンを振り返り、縋るように問いただした。


「アルヴィナ、だって?」


 けれど、ジーンは問われた内容ではなく、その地名に驚愕を隠せなかった。

 ギルドマスターが固まったせいで、様子を伺っていた冒険者たちは次第にしびれを切らしてザワザワと騒めき始めた。これは一旦、収集を付けたほうがいいのではないかと、リュシアンはジーンの袖口を引っ張った。


「ジーンさん、ここは仕切りなおした方がよいのでは?」

「え、あ?……い、いえ、そうですね。ええと、貴女……お名前をお聞きしてもいいですか?私は、ここの冒険者ギルドの責任者で、ジーンと申します」


 聞きたいことは他にいろいろあったが、ジーンはひとまず自己紹介をして、その少女の名前を聞いた。これから何を聞くにしても、お互いを知らなければ始まらないと思ったのだろう。


「えと、私は、カエデです。カエデ・ムトー・クロイツ。まだランクはFですが、冒険者です」

「……え?!」


 今度は、リュシアンが驚く番だった。


「どうかしましたか?」

「あ、え……いえ」

 

 ジーンの問いかけににも、受け答えはどこか気もそぞろだった。

 もちろん理由は、言うまでもなく少女の名前である。ただの偶然なのかもしれない。そういう名前がこの世界に絶対にないとは断言できない。

 けれど、あの響きは……。 

 日本語に……、日本人の名前に感じたのである。

 名前を聞いた途端、まるで珍しいものでも見るように凝視されて、カエデはちょっと唇を尖らせた。


「貴方は?自己紹介してくれないの」

「す、すみません。僕はリュシアン・オービニュです。失礼しました」


 リュシアンが名乗ったところで、冒険者たちの騒めきが少し変わった。

 よそ者も数多くいる冒険者と言えど、流石に自分たちが逗留している土地の領主の名前は知っている。必要以上に貴族におもねる者はいなくとも、少なくともトラブルは起こしたくないと思っているに違いない。

 その空気の変化を感じ取り、ジーンはここぞとばかりに声をあげた。


「この件は、ギルドマスターである私と、領主オービニュ家が引き受けます。事の次第がわかるまで、むやみな口外は無用です。いいですね、これはギルドマスターとしての命令です」


 ちょっとゴネた輩も数人いたが、基本的には面倒には巻き込まれたくないと考えているようで、それぞれ酒場や掲示板、受付窓口へと冒険者たちはいつもの夕方の風景へと戻っていった。


「ミウ、リアムは?」


 2階の部屋への案内をリュシアンに任せて、ジーンはサブマスターであるリアムの所在を聞いた。どうやら、先ほどリュシアン達にお茶を出したあと、所用で外へと出かけたらしいのだ。戻ったらすぐに部屋に来るようにと伝言して、ジーンはいささか気負った様子で2階へと上がっていった。

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