迷い人

 ギルドマスターの部屋を出て、リュシアンたちは階下へと降りてきた。騒ぎの原因は一目瞭然だった。ギルドの入り口付近で、冒険者が大人数で何かを取り囲んでいるのだ。


「何かありましたか?」


 受付のカウンターの中で人混みの方を伺っていたミウは、ジーンに声を掛けられるとちょっとホッとして息を吐いた。


「あ、よかった。喧嘩とかではないし、連絡したものかどうか迷ってて…」


 どうやら問題のある人物が入り込んで来たらしい。この騒ぎを見ると罪人かなにかだろうか。


「やめて! 触らないでよ。なんなのここは、冒険者ギルドじゃないの!?」

「一体、どこから入り込んできた!? おい、そこ危険だぞ、あまりそいつに近寄るな」

「やだ、やめてよっ! なんのよ、私は罪人じゃないのよ。こんな不当な扱いをされる謂れはないわ!」

「暴れるな、大人しくしろ!警備隊に引き渡してやる」


 なんだか会話がひどく一方的な印象を受ける。果たしてどちらが理性的な返答をしているか、リュシアンはむしろ取り囲まれている方が、周りを確認したがっている印象を受けた。とはいえ、姿が見えないのでこれ以上の判断は難しい。


「ジーンさん……」

「そうですね。とにかく一度冷静にさせないといけませんね」


 とはいえ、場はかなり混乱しておりパニックと言ってもいい。大の大人が、なぜこうも取り乱しているのかわからないが、ちょっとやそっとでは収まりそうな雰囲気ではなかった。


「目を閉じてくださいね」


 ジーンがにこやかにリュシアンに断りを入れると、次の瞬間、辺りは巨大なフラッシュを焚いたような眩い光が数回瞬いた。咄嗟に目をつぶったリュシアンでさえ、ほんの数秒反応が遅れ、少しのあいだ目くらましを食らったようになった。

 どこかしこから「うわっ!」「ひゃっ!?」という悲鳴に近い声がしたかと思うと、すぐに数人が尻もちをつき、目を押さえて膝を折り「目っ、目がーっ!」と情けない声をあげた。

 屈強な冒険者たちを、あっという間に阿鼻叫喚の渦へと叩き込んだのは、何ということもないただの光属性を放出しただけの魔法とも言えない代物だった。効果としては闇魔法のブラインドと同じような作用だ。希少の光魔法をなんなく操るのは、さすがはエルフと言える。


「ひどいぜ、ギルマスの旦那。まだ目がチカチカするぜ」

「水を掛けられなかっただけましだと思いなさい。いたいけな少女を寄ってたかって取り囲むなんて、紳士の風上にも置けない所業ですよ」


 冒険者たちが目つぶしにのたうち回っている隙に、くだんの取り囲まれていた人物をリュシアンが救い出していた。彼女は、すっかり不貞腐れたように頬を膨らませ、リュシアンの後ろに隠れるようにしながらも、不埒な真似をしてきた大人たちを睨みつけていた。

 おおよそ十代前半くらいだろうか、見事なまでの青い髪の少女だった。その瞳も、海のような紺碧の青で、肌も透き通るように白い。そしてなにより…


「勘弁してくれよ、だってソイツは」


 そう、彼女は普通の少女ではなかった。彼女の額からは、前に垂らした髪をかき分けるようにして、二本の短い角が付き出していたのである。


「魔族じゃねーか!」

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