再会

 それから約半日後、はぐれていたエイミとようやく合流できた。

 ペシュの先導のおかげでほとんどモンスターと出会わずに済んだようである。仲間たちとの再会を喜び合っている彼らを横目に、リュシアンは大活躍だったペシュを大いに労った。

 フリーバッグから大きな桃を取り出して与えると、ペシュはいつものようにビタッと張り付いて果肉に頭を突っ込んで啄んでいた。


「ペシュ、お疲れ様」


 そんなリュシアンたちの元へ、フランツとエイミが並んでやってきた。


「本当にありがとうございました。君たちが居なかったら、どうなっていたことか」

「いいえ、困った時はお互いさまです。無事に再会できてよかったですね」


 丁寧なお礼を述べて頭を下げるフランツに、両手の手のひらに大きな桃を乗せたリュシアンが笑いながら小さく首を振った。エイミはというと、てっきり姫様に礼を言いに行くのだと思っていたのに、その相手がまだあどけなさの残る幼い少年だったので驚いているようだ。

 思わずポカンとして、肝心のお礼も忘れてしまっていた。


「えっ、君が?…あの従魔の?」


 つい口を突いて出たその言葉に、フランツがいささか慌てて止めに入る。


「わっ、ばか。彼はあのリュシアン・オービニュだよ」

「は…ええ!?例の魔法陣の?うそっ、だってこんなちっちゃい…っむぐ!」


 今度は本格的に押さえ込まれて、エイミはフランツの下でジタバタしている。どうやらエイミは思ったことを全部口に出して言ってしまうタイプのようだ。

 彼女は前衛ではあるが、実のところ魔力もそこそこ持っており初級の回復魔法や攻撃魔法も使える。そのため魔法関係にも造詣は深く、新しい魔法陣を発表したり、特殊な魔法陣を描くという下級生の噂は興味津々で聞いていたのだ。

 ただ、これだけクラスに差があると、流石に共同授業でも一緒になったりしないので、リュシアンの容姿を見るのは始めてだったのである。

 フランツは、先ほどまで柔和な笑みを浮かべていたリュシアンの片眉が、極々わずかピクリと動いたことを見逃さなかった。

 学園では身分は不問だが、彼らくらいの年齢になり、もうすぐ卒業という時期になると、先々の事を考えて気にせざるを得なくなるというのも事実である。今回の借りも合わせて、ニーナも含めリュシアンたちの機嫌は損ねたくないと考えるのは無理からぬことであった。


「す、すみません。エ、エイミは魔法陣にすごく興味を持ってて、それでつい…」


 相変わらずエイミを押さえ込んだままで、フランツは慌てて弁解を始めた。

 学園側には認められなかったものの、どうやら学生の中にはリュシアンの魔法陣を評価している者も少なくなかったらしい。上級生の中には、なんとか写生できないかと今年の研究テーマにしている者もいるくらいであった。

 そして驚いたことにエイミもその一人だったのだ。ちょっと噂が独り歩きしている感もあるが、要するにリュシアンに(というかリュシアン作の魔法陣に)リスペクトしていたのである。

 なので、その本人がこんな小さな子供だとは思っていなかったのだろう。


「…いえ、気にしてませんよ」


 にっこり営業スマイルを浮かべるリュシアンに、ニーナたちは苦笑を禁じ得ない。めったなことでは動じないリュシアンだったが、どうしてもこの話題には敏感に反応してしまうのである。

 そんな時、足の下に軽い振動が伝わってきた。


「あ…、まずいな」


 どうやら再びダンジョンに変化が起こったらしい。どこに階層が加わったかわからないが、この分だとこのダンジョンはかなりの成長を遂げることになりそうだ。

 もしかしたら今度のボスはよほどの大物かもしれない。

 そうなってくると、この辺のフロアーでも手ごわい敵が出てこないとも限らない。


「とにかく、ワープ陣まで戻った方がいいかも」

「そうね、私たちが先頭で行くわ」


 ニーナとアリスが揃ってリュシアンの描いた地図を片手に、変化してなければいいけど…と心配そうに呟いていた。

 隊列を整えている最中に、リュシアンはふと例のパーティのことをエイミに問うた。あの時、ペシュとの回線がほとんど切れていたリュシアンには、彼らの詳細まではわからなかったからである。

 エイミは驚いたように振り向いて、戸惑いながらも思わずフランツやニーナの顔を伺った。

 彼女が答えに詰まったのは仕方がない。

 彼らのしたことは許されないし、犯罪行為である。

 けれど、それがどうしようもない状態での、咄嗟の行動だったとしたら…

 誰しも命が関われば、魔がさすこともあるかもしれないのだ。

 被害者であるエイミも、自らが極限状態を経験しているだけにリュシアンの問いかけに納得して、思い出せるだけのパーティの詳細を話し始めた。


 なにしろエイミの少ない食料を盗んだくらいだ。よっぽど切羽詰まっていたのかもしれない。周りの面々も、やがて少し同情的になっていったが、彼らの特徴を一つ聞いた時点でニーナの機嫌が目に見えて悪くなった。


「なんですって?!」


 そして、リュシアンは「あー…そっか、なるほど」と苦笑して、エドガーとダリルは明らかに急激に興味をなくし、アリスもピンと来たようにちょっと微妙な顔をしたのである。

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