脱出の手段
「リーダー…というか、一番威張っていた男はキアランと呼ばれていたわ」
茶系のごく短い天パだったと補足したが、ニーナとリュシアンにはすでに承知の上だった。丸々として背が低く特徴的な容姿をしていた、と聞いた時点で。
エイミの微々たる食料を奪った小悪党は、あの例のキアランのパーティだったのだ。
そこそこ手練れそうな年嵩な青年が何人かいたそうなので、彼らの手を借りて深い階層までたどり着いたのだろうけど、このダンジョントラブルのせいでそこから動けなくなってしまったのだろう。
しかも奪った食料を、すべてキアランが懐に入れようとして、ちょっと揉めていたというから呆れたものである。おそらくその仲間たちは、お金か権力で雇ったメンバーなのだろう。
この先、本格的に食料が無くなり危機感が募れば果たしてどうなるか、ちょっと不安ではあった。
「リュシアン、ここは一度退却したほうがいいと思うわ」
ニーナはべつに意地悪で言っているのではない。
何しろ、今現在2パーティ分の命を預かっているのだ。迂闊な判断はできないのである。
しかも、相手は何かにつけて不快感極まりないキアランであり、エイミを襲った犯人グループなのだ。
命を懸けても助けに行くぞ!という気概に、繋がらないのも頷ける。
「エイミさん、彼らのいるのはここから2階層下だよね?」
独り言のようなリュシアンの問いかけに、エイミと、そしてペシュもその通りだと頷いた。
「リュシアン!」
「待って、ニーナ。わかってるよ」
ニーナが戸惑ったように声を上げるのを、苦笑して遮るとリュシアンはフリーバックから丸めた紙を取り出そうとした。オリジナルの特製魔法紙である。普通の巻物と違ってなんの飾りも、時間経過による劣化防止を担う台紙もなく、見かけはただの厚めの紙である。
「…え!?それって」
思わず声を上げたニーナを始め、その周りで見守っていた面々は、バッグからいつまでも伸びあがっていく巻物に目を奪われて首をのけぞらせた。
何しろ、それはかなりの長さだったからである。
「なんなの、それ。魔法の巻物じゃないの?」
リュシアンは巻物の端を隣にいたエドガーに持たせて少し広げて見せた。
そこには墨色の大きな魔法陣が少しだけ垣間見えたのである。その瞬間、エイミはまるで飛ぶような速さで駆け寄り、その魔法陣を凝視した。
「えっ、えっ…ええ!?うっそ…、こ、これって」
エイミは震える手で、紙に触れようとして咄嗟にやめた。たぶん、無闇に触って展開したらやばいと思ったのだろう。
「大丈夫、エイミさんが触っても発動はしないから」
「あ…、そうか。確か貴方の魔法陣は他人には反応しないんだっけ。でも、これっ…」
興奮冷めやらぬエイミは、魔法陣に寄れない代わりにリュシアンの肩を掴んでこれでもかと顔を寄せた。
「…うん、たぶんご想像の通り。これはワープ陣の魔法陣だよ」
エイミは、やっぱりと気の抜けたような顔になり、その直後「いやいや待ってよ」と慌てて首を振った。
「ないないっ!ありえないでしょ、だってワープ陣の魔法陣は、巻物化はもちろん、写生での再現は出来ないって言われてるんだよ!」
「そ、そんなことないよ」
詰め寄るエイミに、心なしか仰け反るリュシアンだったが、それでもきっぱり出来ると答えた。
「それは、リュシアンのスキルが…」
さりげなくリュシアンの肩に置かれたエイミの手を押しやり、ニーナはアリスやエドガーと顔を見合わせるようにしてそう呟いていた。特殊なスキル念写のことを暗に示した彼女たちに、リュシアンは小さく笑って、首を振った。
「もちろん僕が巻物に写せたのは、スキルのおかげには違いないんだけど…、たぶん、ある一定の条件を満たす人なら誰でも書けるんだよ」
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