エイミ

 たった一人で、地図が全く役に立たない未知のダンジョンに放り出された。

 ついさっきまで、みんなと一緒だったのに……

 エイミが振り返った時、既にそこには誰もいなかった。

 慌てて階段を登ってみたが、先ほど降りてきた場所でさえなかった。

 パニックを起こして皆の名を呼んだが、その声にスライムが寄って来てしまい、慌てて踵を返して階段を降りた。

 しばらく呆然と立ち尽くしたが、再び忍び寄って来たスライムに追われるようにして、その場を後にするしかなかった。がむしゃらに走り、空白地帯を探したが、罠らしき通路や、囲まれる危険があるモンスタールームを避けているうちに、いつのまにか下り階段に到達していた。

 こうして罠やモンスターに追い詰められる形で、エイミの望むと望まざるとに拘わらずかなりの階層を降りてきてしまった。

 そしてようやくたどり着いた空白地帯。

 しかも、そこには先客がいた。学園の生徒だ。ここまで孤独に苛まれ、たった一人でモンスターを躱しながら文字通り命からがら逃げてきたのだ。

 エイミがホッと胸を撫で下ろしたのも無理はない。

 けれど次の瞬間、彼女の表情はあまりの驚きに唖然となった。

 ほんの少し持っていた食料と水を、いきなり奪われたのだ。こちらが一人と知るや、彼らはいきなり態度を変えたのである。

 もちろん抗議をしたが、こともあろうに彼らは他にも持っていないかと詰め寄って来たのだ。

 疲れ切っていたこともあり、足を縺れさせたところへ相手が掴みかかろうとしてきたその時、それはどこからともなく飛んできた。

 真っ黒な、コウモリである。


「なっ…!モンスターだと」


 さっきまで威勢が良かった少年は、途端に逃げ腰になって慌てて仲間にモンスターを攻撃させた。

 パタパタと頭上を飛ぶ小さなモンスターに、パーティメンバーは怪訝そうな顔をしつつも命令通りに攻撃を開始した。

 リーダーというより、ただ威張り散らして命令している少年に、やがてメンバーの一人が駆け寄ってモンスターを指さし何やら助言したが、パニックを起こしている彼は聞く耳を持たなかった。

 ヒラヒラと攻撃を避けるモンスターに、こちらを攻撃してくる様子はない。エイミは咄嗟にこのモンスターが誰かの従魔なのではないかと考えた。

 しかもよく見ると、その首にはなにかぶら下げている。

 明らかに人の手によるものだ。

 エイミは、パーティの意識がモンスターに引き寄せられている隙に、態勢を立て直した。

 そして。


「…おいでっ!」


 とっさにコウモリに声を掛けた。

 案の定、モンスターは一直線にエイミの元へと飛んできた。すでに彼らの手の届かないところまで離れていたエイミは、そのまま空白地帯を飛び出すことに成功した。後方で何やら揉めるような声がしたが、やがてすぐに静かになった。

 どうやらわざわざ追ってくる気はないようである。

 物陰に隠れたエイミは、コウモリが首に下げていた丸めたメモを広げた。

 そこには簡潔に「コウモリの後を追え」とだけ書かれていた。


 迷いは一瞬だけだった。

 もう、さっきの空白地帯には戻れない。

 ましてやエイミに行く先はわからない。

 となればもうどうするかは決まっていた。

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