捜索

 ペシュの特性は、探索、気配察知、警戒などである。

 入室と共に罠が発動されるモンスタールームさえスルー出来るし、今回のダンジョンでの地道なレベル上げで、更にミラージュのスキルを覚えた。

 隠密に分類されるスキルで、幻影を見せることもあれば、それを使って姿が消えたように見せることもできる。もともと気配を消すことができるペシュには、うってつけのスキルと言えよう。

 しかもペシュの魔力供給は吸血なので、お腹いっぱいまで補充することにより、しばらく主人から離れても問題ないので偵察にも向いている。

 ということで、こんな場所ではあるけれどペシュはお食事タイムである。リュシアンは、ちょっとだけ考えてからおもむろに襟元を緩めた。


「えっ、指じゃないの?」


 周りに気を使って壁側に身体を向けたリュシアンに、ニーナが覗き込むようにして声を掛けた。肩にかかる髪の影に隠れて見えづらいけれど、ペシュはその首筋にくっついていた。


「さすがに指じゃ、効率悪いよ。普段はいいけどね」


 何しろスキルを使いながら、単独で遠出させるにはマックスまで補給させないと心配である。実際のところ、初めて遭遇したあの時以来、ペシュに満タンまで魔力を与えたことはなかった。

 吸血の特性を持つモンスターをはじめて見るフランツたちも、ぶしつけだとわかっていてもついついリュシアンたちを凝視してしまう。

 いわゆる吸血鬼は、現在に至っては物語や絵本の住人だ。ただし存在していた痕跡はいろいろ残されていて、歴史書には何百年も前に滅んだとか、そうではなく眠りについたのだとか、その末路は定かではないようである。


「ペシュが人型じゃなくて良かったわね、姫様」


 おどけるように手のひらで目を覆ったアリスが、ニーナを揶揄うように言った。もちろん指の隙間から、がっつりちゃっかり見ている。


「そ、そんなの……まあ、そうね」


 とっさに言い返そうとして、ニーナはすぐに諦めた。実際、その通りだったからだ。彼女たちは、ペシュの人型に変化した姿を知っているだけに、なんだかいろいろ複雑なのだ。いつもの指からの摂取でさえ、もしも人型だったらと想像してしまい、ニーナなどは思わず頭を抱えてしまう。

 そして外野をざわめかせていた本人たちは、いたって淡々と効率よく魔力の供給を手早く済ませると、さっそく探索の準備に入った。


「えと…、じゃあフランツさん。その方の特徴を教えてください」


 リュシアンの問いかけに、フランツは頷いて詳細を話し始めた。

 不明の生徒の名はエイミ、赤毛の女の子だという。長剣に小型の盾、厚手の革鎧の装備。フリーバッグは持っておらず、小さなポーチにほんの少しの携帯食と水しか持っていないらしい。

 リュシアンはペシュの首に、薄い紙を丸めたメモをぶら下げた。

 とはいえ、よっぽどのことがない限りペシュを接触させる気はなかった。何しろ従魔とモンスターの見分けは基本つかないのだ。攻撃でもされたら目も当てられない。

 あくまでペシュの役目は目標を見つけることだ。


「ペシュと僕は、ある程度ならお互いの位置がわかります」


 迷路の全体図を知る必要はない、ペシュの通った道をそのまま辿って行けばいいのである。「ただし」と、リュシアンは一つ付け加えた。


「僕の判断で、これ以上は無理だと思ったらペシュを戻します」


 タイムリミットは一日。それ以上は、先に地上に出たカミラ達もさすがに騒ぎ始めるだろう。

 おそらく地上では、報告を受けた学園側がすでに何らかのアクションを起こしているに違いない。エイミだけじゃなく、他にもいくつかのパーティがダンジョン内で迷子になっている可能性もある。

 最終的には、それら学園側が手配した捜索チームに任せることになるだろう。


「…わ、わかったよ」


 もちろんその顔は納得していなかった。たった一人、満足な食料も水もないエイミの状態を考えると、確かに捜索隊を待っていては間に合わない可能性がある。

 けれど、捜索の手段のないフランツは頷くしかなかったのである。

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