迷子

 青年の名は、フランツ。

 そこそこ屈強と言っていい体格をしている。見た目に反して物腰は柔らかく、言葉遣いは丁寧だった。もっとも相手が自国の王女だから、ということもたぶんにあるのだろうけれど。

 数年前、同級生で結成した八人パーティのリーダーである。

 そして今現在ここに居るのは、七人。そう、一人足りないのだ。

 なんとも間の悪いことに、ちょうど階層が成長するジャストタイミングで彼らは階段を降りていた。

 下の階層に、前衛の一人が足を置いた途端それは起こった。

 まるで画面が切り替わるように、後ろから降りてきたメンバーは追加された階層に降り立ったのだ。前を歩いていた仲間を、どこかに置き去りにして……

 何が起こったのかすぐには理解できなかった。

 後続のメンバーにしてみれば、いきなり前を歩く仲間が搔き消えたのだ。

 訳もわからず、フランツたちは消えた仲間を探し回った。

 そうしているうちに、その階層がおかしいことにマッパーが気が付き、もしかして…となったわけである。

 試しにもう一階層降りてみたが、またもや知らない地形だったという。

 どれだけの階層が割り込んだのかわからないし、時おり出現するモンスターはここのダンジョンに出るはずのないものばかりである。

 しかもキラーアントが集団で襲って来たりして、そこそこのレベルがある彼らも撤退を余儀なくされたのだった。


「なるほど…」


 リュシアンは口元に手を当て、思案気に目をつぶった。

 ふいに落ちた沈黙に、フランツはハッと我に返る。こんな幼い少年に何を真剣に相談しているのだろう、と思わず苦笑を禁じ得なかった。

 余談だが、この時フランツはリュシアンの年齢を六~七才だと思っていたようである。リュシアンが聞いたら、数えで九才だ!と憤慨したに違いない。


 「すまない、君にこんなことを愚痴っても仕方なかったね。君も、…そして、どうか姫様も僕達に構わず脱出してください。先ほどの手紙にも、救助はお願いしてますので…」

「救助は手こずると思うよ」


 そんなフランツに、リュシアンがぽつりと現実を突きつけた。


「以前ここを攻略した冒険者は、すでに他所へ移動してこの辺りには居ないし…」


 このダンジョンを効率よく捜査するための、ショートカットが出来る人材が見つからない可能性があるのだ。

 迷宮攻略をしている冒険者たちは、次々に拠点を移し新しいダンジョンを攻略していくので、踏破済みダンジョン周辺にいつまでも滞在していることはない。

 あとは定期的に調査している調査員なら、ワープ陣のマーカーを持っているが、今回の依頼を受けた調査員は今ここにいるフランツのパーティだ。

 ちなみにフランツの話によると、もう一組、これは攻略組だが、先行しているパーティもいるという。ということは、彼らの行方も分からないことになる。

 ともかく、今現在ここのワープを使える人材が、都合よくダンジョン付近にいるとも思えないのである。もちろん先ほど脱出したカミラやカイなら3階層から入れるけれど、戦力や、捜索としての能力を考えると力不足と言わざるを得ない。

 地道に1階層から、文字通り迷宮になってしまったダンジョンを順に降りてくるか、ここのマーカーを持っている冒険者を探すしか手がなく、それがいつになるか正直わからないというわけだった。


「いや、でも…」

「大丈夫、無計画に探し回ろうというわけではありませんので」


 肩にちょこんと乗る、小さな黒い彼女をリュシアンは優しく指で撫でた。


「従魔を飛ばしてみます」

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