ワープ陣

 当然というか、彼らもありとあらゆるトラブルに巻き込まれたようである。

 3階層から入って、次のワープのある7階層を目指していたらしいが、地図はぜんぜんあてにならないし、見たことがないモンスターに襲われたりして、仕方がなく途中で引き返してきたらしい。

 降りたのは2階層分だったのに、引き返す時は更に数回多く階段を登ったという。


「お気づきかもしれませんが、このダンジョンは成長しているようです」

「やはり…!そうか、おかしいと思ったんだ」


 ともかく、ワープ陣まで戻れてよかったという会話になり、順番に帰ろうという段で、先輩チームのリーダーがしきりにダンジョンの奥を気にしていた。


「どうかしましたか?」

「う・・・ん、この辺で僕たち以外に出会いませんでしたか?」

「いえ、出会ったパーティは、行動を共にしている彼らだけで」


 ニーナは後ろにずらりと控える同行したパーティに目配せをする。どう見ても十代前半の彼らをぐるりと見回して、青年は小さく首を振った。

 そろそろワープ待ちの面々が痺れを切らしてソワソワしている様子に、どこか振り払うようにして「引き留めてすみません」と断って、ニーナにワープを使うように促してきた。


「…なにか気にかかることでもあるんですか?」


 そこでリュシアンが初めて口を開いた。ニーナが代表として話していたので、いままで会話に参加してなかったが、流石に黙っていられなくなった。


「いや、いいんだ。君たちはまだダンジョン初挑戦だろう?ここは今何が起こるかわからない。全員、一刻も早くここから出るんだ」


 ひょっこり出てきた小さな少年に、青年はちょっと驚いたように苦笑すると目線を合わせるように身を屈め、どこか諭すような口調で脱出を進めた。

 気遣うリュシアンに敬意を払いながらも、そこには言ってもどうにもならないという諦めのようなものが滲み出ていた。


「…わかりました」


 ニコリと笑みを浮かべると、リュシアンは聞き分けよく頷いて、くるりと踵を返すと自陣に戻っていった。あっさり引いた彼に驚いたのは、むしろ青年ではなくニーナだった。

 リュシアンの余計なお節介はそれこそ折り紙付きだ。そこそこ付き合いの長いニーナは、踏み込もうとした事案を、こんなに簡単に諦めるリュシアンを意外そうに見送っていた。

 すると、視線の先の後ろ姿がちらっと振り向いて、片目をつぶるのが見えた。

 ニーナは思わず吹き出しそうになりながら、すぐにごまかすように咳ばらいをして「では」と、青年に向き直った。


「こちらから先に脱出させてもらってよろしいですね?」

「ああ、構いません。僕たちは最後で大丈夫です」


 頷いた青年は、ふと思い出したように一通の手紙を懐から取り出した。


「念のため、一番最初にワープを使う方にこれを持たせてください。ここで起こっているだろう事象や、変化後の地図で確認したところだけ修正したものです」

「失礼ですが、ご自分で持って行かれたほうが?」


 青年は首を振って、ダンジョンの変化の影響で万が一ワープ陣に支障が出たりして全員が使えない可能性を示唆して、強引にニーナに手紙を握らせた。確かに今まででもダンジョンの成長のせいで壊れたワープ陣がなかったわけではない。けれど見たところ、旧3階層はほとんど変化がなく、ワープ陣周辺も影響を受けている様子はなかった。

 とはいえ、ニーナはそれ以上は追求せずに受け取った。

 

「じゃあ、順番にワープ陣を使っていきましょう」


 すでにリュシアンがパーティのメンバーを並べていたらしく、ワープ陣の前には一列に並んだ生徒たちが緊張した面持ちで整列していた。ワープ陣はその大きさによって人数制限がある。おそらくレベルのようなものがあるのだろう。3階層のワープ陣はいささか小さく、大人なら二人が限界くらいの大きさだった。

 最初はカイのパーティである。ニーナが、頼まれた手紙をカイに手渡した。


「なんだかすみません。女の子のパーティよりも先に…」

「気にしないで、私たちもすぐに続くんだもの」

「そういう事。じゃ、その手紙頼んだわよ」


 恐縮するカイに、カミラとニーナが背中を押すように微笑んだ。

 ようやく意を決したように、カイがワープ陣に飛び込んだ。一番最初というのも、危険が伴うためここはカイが立候補したのである。そして、数分後二人目、三人目と続き、カミラを含めリュシアンたちを除いて全員が無事に陣の向こう側へと送られた。


「さてっと…」


 陣に飛び込む後輩たちを心ここにあらずといった風に見つめていた青年を、そこへ来てリュシアンはようやく真正面に捕らえて「それで、どなたとはぐれたんですか?」と首を傾げるような仕草で、さも当然のようにさらっと聞いてきた。

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