フリーバッグ
ニーナの話をまとめるとこうである。
ギルドへ行ったのは、もともと換金が目的ではなく、どのくらいの価値があるものなのか鑑定をしてもらおうと思ったらしい。リュシアンには、もちろん報告するつもりだったが、ちょっとした好奇心だったのだろう。
「ごめんなさい、リュシアン」
「いやいや、僕に謝ることないでしょ」
ぺこりと頭を下げたニーナに、リュシアンの方が焦ってしまう。もともと報告の義務もないし、それこそ鑑定だろうと換金だろうと好きにすればいいと思うんだけど。
「あら、ダメよ。これは、リュシアンの戦利品よ。私たちは拾っただけ、所有権はないわ」
「そ、そんな固く考えなくても…」
そんなニーナとリュシアンのやり取りに、アリスが小さなため息をつく。
「リュシアンは、この品々がどれだけの物かわかってないかもだけど…、そんなふうに軽々しく扱うわけにはいかないのよ」
冒険者ギルドでは、危うく大騒ぎになりかけたというのだ。
さっきの魔物のツノのような大物をいきなり出さなかったようだが、小ぶりの魔石や動物型モンスターの革などを鑑定してもらって、どんな使い道があるかアドバイスを貰おうと思ったらしい。
ところが、あれよあれよという間にギルドマスターの部屋に案内されて、入手経路など根掘り葉掘り聞かれたというのだ。すぐに窓口から個室に移ったため、ほとんどの冒険者に情報がもれなかったのが不幸中の幸いだったかもしれない。
まずったかな、と判断したニーナがすぐに自分の身分を明かして、なんとかその場を煙に巻いて撤退したらしい。どんな貴重な品々も、一国の姫様が持っているとなれば、それなりの説得力もある。おかげで下手な騒ぎには辛うじてはならなかったというわけだ。
「なるほどねぇ、でも、鑑定なら僕に頼めばよかったのに」
リュシアンは、滑らかなツノを手のひらで撫でてみる。なにか大きな魔物の角っぽいけれど、自分で倒したはずのモンスターとはいえ、あの乱戦の中でのことなのでさっぱり見当がつかなかった。
そんなリュシアンをちらっと見て、ニーナとアリスは「だって…」とモジモジしている。
怒られると思ってたらしいから、無理もないか。
リュシアンは苦笑しつつ、ツノを持ち上げようとした。
「おっ、重!?」
「気を付けて、それ結構重いから。とりあえずバッグにしまうわね、邪魔だし」
リュシアンは両手で掴んだのだが、それでもすぐには持ち上がらなった。どうやら無属性のパッシブだけでは持ち上がらないようだった。すると横からニーナがひょいっと取り上げ、片手で軽々とポシェット型のフリーバッグに放り込んだ。リュシアンは呆けたように眺めたが、決してニーナに力で負けたからではない。相手はスキル持ちだしね。
見ていたのは、フリーバッグだ。
「そのポシェット…、容量、結構あるよね?」
「入学祝に、お父様に貰ったのよ。いわゆる一般の材料で作れる品では、かなりの一品らしいわ」
フリーバッグにもランクがある。それはほとんど裏地の布によって変わる。もちろん、材料を魔法錬成する腕にも影響されるが、まずはその材料がなければ話にはならない。ほとんどは昆虫型の魔物の薄羽だが、一般的に使われているのは、わりとどこにでもいる砂漠蟻の女王蟻の羽根。それも年数を重ねた個体がいいとされ、ピンからキリまである。
リュシアンが持っているのは、下の中くらいの容量だ。もっとも、フリーバッグ自体が高級品でレアなものなので、買うとしたらこのランクでも目玉が飛び出すほど高いわけだが……
ちなみにニーナの持っている物は、中の下ほど。女王蟻の羽根で作れるものでは、ほぼ最高位のものだろう。
「リュシアンのバッグ、どのくらい入る?ここにある戦利品、全部入るかしら」
「どれだけあるか知らないけど、たぶん無理だと思うよ。というか、僕に全部渡すことないからね」
すぐにでも品物を渡そうとしているニーナに、リュシアンは戸惑ったように慌てて手をふった。
ニーナとアリスは、少し困ったように顔を見合わせる。
「…俺も、所有権はリュシアンにあると思うぜ」
それまで傍観していたエドガーまでもが、そんなことを言いだした。拾った分の手数料としていくつか分ければいいんじゃないの?と妥協案まで出してくる。アリスに至っては、もとよりおねだりするつもりだったらしく、うんうんと嬉しそうに頷いていた。
リュシアンとしては、中身よりポシェット自体に興味があった訳だが、その点においては彼女たちにも譲る気はないようである。
「わかったよ。じゃあ、こうしよう」
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