マッピング

 今、目の前で起こっている事象が信じられなかった。

 けれど、この現象を幾度となく見たことも事実だった。手を伸ばせば届く位置に、巻物に描くはずだった魔法陣が空中に浮いている。

 リュシアンは、思わず魔法陣に触れようとしたが、その手は何の抵抗もなく突き抜けた。発動もしなければ、なんの手ごたえもない。


「触れない……」


 今もって、魔法陣は消えてない。以前とは違って、いつまでも宙に浮いているのだ。

 それなら……と、リュシアンは恐る恐る口を開く。


「マ、マッピング」


 すると、あっという間に光が魔法陣をなぞり、ぷつっと弾けるように陣がほどけた。あとは、しんっとした静けさのみである。

(……あれ、なにも起こらない?)

 いささか呆然としながらも、リュシアンはすぐにカバンに手を突っ込み、新しい巻物を取り出した。

 ニーナやエドガー、アリスはそんなリュシアンの傍に集合した。

 そしていつの間にか、ちゃっかりチョビはリュシアンの頭にまるまって座っていた。ただし、そのくりくりの黒い目は、自らの主人の傍らにじっと佇んだままの謎の少女に釘付けだった。

 なにがそんなに気に入らないのか、リュシアンは巻物をいくつか取り出しながら、そんなチョビの不可解な行動に首を捻るしかなかった。

 未使用の巻物を広げると、そこからはいつもの光景である。白い紙面に、一瞬で念写を施す。

 属性魔法は、巻物に描かれた属性の色がそのまま魔法陣として展開するが、スキル系の魔法陣は、すべて墨色に定着する。そして、発動した魔法陣は例外なく白で描かれるのだ。もしかしたら、白ではなく光っているだけで、無色なのかもしれないけれど。


「なによ、リュシアン。結局、巻物つかうの? さっきのは一体……」

「ごめん、僕にもまだわからないんだ」


 ニーナの問いかけに、リュシアンは困ったように首を振った。

 なにしろ、こっちが聞きたいくらいだったからだ。ツッコミどころ満載すぎる事象が、次々起こりすぎて処理が追いつかない。


「なぜ巻物なしで魔法陣展開ができたかは……とりあえず置いておくとして。今のは初歩的なマッピングのスキルだったんだけど、どうやらなにも起こらなかったみたいなんだ」


 だから「試しにいつものように念写して普通にスキルを発動してみる」と、そうリュシアンは言った。

 魔法陣を念写した巻物に、いつものようにリュシアンが触れると、先ほどと同じ魔法陣が、同じように暗がりの中に明るく展開した。

 そして、通常通り小さく弾けて魔法陣は跡形もなく消える。


「……やっぱり、何も起きないなあ。マッピングってあれだよね、使ったのは初めてだけど、周辺の地図が書けるってスキルだよね」

「ええ、レベルによっては地下を含めて、それこそ国一つ分くらいの地図が書けた猛者もいたらしいけど、そんなのはもう伝説級でしょうね。普通ならそうね、平面上の自分を中心とした周辺程度くらいしか書けないんじゃないかしら」


 説明しつつ、ニーナは顎の下に人差し指を当てて「あっ、そうそう」と付け加えた。


「今の見てて、思い出したわ。その場にいても、書けないことがあるそうよ」

「へえ、そうなんだ。で、なんでなの?」


 少なくとも巻物じゃなかったから不発だった、というわけでないのだ。

 呑気に聞き返したリュシアンはもちろん、なんとなく話に入れず、ただ二人の会話を聞いていたエドガーとアリスも、そのあとのニーナの言葉に絶句することになる。


「自分の、あるいは使用したマッピングレベルより、さらにずっと高位の場所にいる時よ」

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