話し合い

 リュシアンは、心配を掛けたくなかったので黙っていた。

 エドガーは、負わなくてもいい罪悪感を拗らせて勝手に決めてしまった。

 傍から見れば、どっちもどっちだが、根本のところは、双方ともにお互いのことを想ってのすれ違いであった。

 エドガーは思惑通りリュシアン達が出発する前に無事合流でき、強行軍ではあったが、みんなと一緒にその翌日には学園への旅路に付くことができた。

 再会するなり、リュシアンが噛みついてきたのでエドガーは驚いた。実のところ、そんなに早く情報が筒抜けになるとは思わなかったのだ。

 隠密の存在を甘く見ていた。

 オービニュ領を出る頃になっても、リュシアンの機嫌は直らなかった。

 そのため、なんとなく気まずい道のりとなっていた。

 同行者にニーナとアリスがいたことにエドガーはびっくりしたが、こうなってみると緩衝材にはちょうど良かったのかもしれない。


「どちらの気持ちもわからないでもないけど……正直なところ、杓子定規に折り合いをつけるのが難しいわよね」


 ニーナは、リュシアンの気持ちを汲むように小さく首を振った。

 リュシアンが、友人であり兄であるエドガーの母に命を狙われていたことを、ニーナとアリスは初めて知った。

 それも物心つく前から、もっというなら、それこそ生まれる前から、である。


 学園への道の途中で立ち寄った村の、とある宿屋の一室。

 リュシアン達は、一つのベットに車座になって話していた。ここは、リュシアンとエドガーに割り振られた部屋だ。ニーナ達には、もちろん別室が用意されている。


「……こんな話、私なんかが聞いてもいいのかな」


 成り行きでいろいろと知ってしまったアリスはどこか尻込みしている。

 実際にはすべてを話したわけではないので、アリスは虫食いでしか事実をしらない。けれどニーナは、もともとリュシアンがモンフォール王国三の妃の息子だと知っているので、今回の事でほぼ正確に事態を把握した。


「気の毒だけど、もう聞いちゃったから後戻りはできないわよ。ちなみにリュシアンの隠密がすべて聞いてるし、これからは発言に気を付けたほうがいいわね」


 下手なことを口にしたらどうなるか…、と脅しをかけた。


「こ、怖いこと言わないでよ。…聞かなきゃよかったわ」


 詳しい事情を知らないアリスにも、少なくともリュシアンがモンフォール王国の王子だというのはわかった。友好国とはいえ、王族全員の名前など正確に把握はしてなかったが、確かに第四王子の名前はリュシアンだった、と改めて思い出していた。


「言っとくけどね、エドガー」


 そんな中、不機嫌続行中のリュシアンが言い聞かせるように口を開く。


「継承権放棄なんて、させる気ないからね。もちろんエルマン様のご無事は信じているけど、王太子が行方不明で不安定なこんな時に、王族がゴタゴタしてどうするのさ」


 兄の事を出されて一瞬戸惑ったが、エドガーは頑なに首を振る。


「俺に王位継承権がある限り、お前は狙われる」


 エドガーが思い詰めるもの無理はない。今回下されたイザベラへの処罰で、大部分の貴族は離れていったが、まだ彼女によって動かせる貴族もいる。そして、それはエドガーが王位に就くことで得られるだろう利権が大前提なのだ。


「……逆じゃない? 継承権を返上できるなら、エドガーより僕でしょ? 僕が、継承権を持ってなければ」

「だめだ、母はおそらく納得しない」


 本当のところはリュシアンもそれはわかっていた。それこそどちらの継承権があろうがなかろうが、そんなことは関係ないのかもしれない。

 もしかしたら、リュシアンとエドガー、そしてイザベラが生きている限り、真実には解決できないのかもしれない。イザベラは改心しないだろうし、憎しみはいや増していくばかりだろう。

 一番いいのは、王太子を一刻も早く連れ戻すことに他ならない。

(まあ、それが出来たら苦労しなわけなんだけどね)

 思わずリュシアンがため息をつく。

 堂々巡りの話し合いが、今日も決裂した。せめて学園に着くまでに、何としてもエドガーの気持ちを変えないとと、リュシアンは焦っていた。

(国王の冠を頂くあの父親が、はやまった事をしでかさないうちに!)

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