第五章 帰郷
学園祭
春の気候がいい時期に学園総出で行われるお祭り、いわゆる学園祭が、例年と変わらぬ賑わいを見せていた。これは学園都市全体のお祭りでもあり、いつもは移動も大変なほどの広さを誇るキャンパスが、大勢の人出で溢れかえる。
Ⅸ、Ⅹクラスは、例えるなら大学院生に相当するが、その学生の研究発表会などには諸外国からも見学者が来るほどだ。また、各武術大会には大勢の市民なども応援に訪れる大人気の催しだった。
この学園祭は、学校行事の枠を飛び越えて、今やドリスタン王国の一大イベントとなっていた。
今年の学園祭には、リュシアンは裏方で参加していた。
というのも、魔法科のトーナメント戦には基本的にⅠクラスは出場できないからだ。授業でもⅠクラスはほぼ座学と、合同授業の時の上級による実技の見学、手伝いなどがほとんどだ。
あれだけ噂になったにも関わらず、本当のところリュシアンの魔法を直接見たことがあるのは、武術科の一部と、魔法研究科のほんの一部だけだった。
リュシアンとしては魔法陣の方で、ニーナが所属する上級生グループが使用する研究室を間借りでき、例の生活魔法の研究を思う存分させてもらったのでなんの不満もなかった。学校には認められなかったが、この一年の研究成果としは大満足な成果を上げられたと思っている。
魔法科も来年度はⅡに上がれそうだし、実戦形式の訓練もボチボチ始められるだろう。Ⅰの座学も、個人的には興味深く面白かった。
そういうわけで、今年は大会には参加しなかった。
確かに武術科の方の武闘大会には出場資格はあったが、前にアリスに言ったとおり、リュシアンはそちらには出るつもりはなかった。
なにしろ上位ランカーの学生の腕の太さなど、スゴイの一言なのだ。それこそ華奢なリュシアンの胴回りと同じぐらいあるのではないかと恐ろしくなる。魔力がモノをいうこの世界において、確かに筋肉だけがすべてではないが、はっきり言って彼らには魔力だってある。
すでに冒険者として活躍しているような、そんな猛者たちが出場する大会に、護身術を齧っただけの新入生などお呼びではないだろう。もちろん、無差別級のほかにジュニアの部のようなものもあるらしいが、リュシアンは興味がなかったのであまり知らない。
リュシアンは、実行委員のようなものにエドガーを巻き込んで立候補していた。エドガーの熟練度、つまりレベル上げの為にも救護室のテントに配置してもらったのだ。
魔法科回復魔は人数も少なく、リュシアン達は重宝された。そしてこれは単位の取得にも繋がり、熟練度の上げにくい回復魔のレベル上げには最適な場所だった。
最初はブツブツ言っていたエドガーだったが、もともとは得意属性の魔法である。驚くほどバンバン熟練度が上がって周りはもちろん、本人も目を丸くしていた。
そしてリュシアンはというと、魔法での回復ではなく、薬草学の方面での回復担当だ。何しろ駆け込んでくる怪我人の数が普通ではない。巻物でしか魔法を発動できないリュシアンには、コストの面で無理があった。
よって調合塗り薬、魔力錬金術を使った飲み薬などをじゃんじゃん作って、比較的軽傷なものや、回復魔法をかけた後の補助的な処置などを黙々とこなすことに専念した。正直、こちらも熟練度上げにちょうどよかった。
「君は、薬を作るのも早いね。しかも、ほとんど上級じゃないか。いや、それどころか結構、特級もできてるね。……驚いた」
手際よく薬を調合するリュシアンに、保険医のユアンは感心したように近づいてきた。完成した薬を入れる箱を覗き込んで出来栄えを確認していき、ふと目の色を変えた。
「え、これ……、待って、こっちのは特級じゃないよね?」
それは、リュシアンにとっても稀に見る完成品、いわゆる『竜の眼』が入った薬瓶だった。
どういった加減か、瓶の真ん中に竜の瞳の光彩のような筋が現れることがある。それは特級のさらに上の完成度、すなわち神話級と言われるもので、腕利きの薬剤師でもほとんど偶然でしかできない代物らしい。
実際に、リュシアンも狙って作った訳ではない。
これだけ凄い量の薬を作ったのは初めてだが、たぶん偶然なんじゃないかと思う。それもただの「傷薬」たとえものすごい上物が出来たとしても、それはやっぱり「傷薬」以外の何物でもないのだ。
あっけらかんと答えるリュシアンに、プルプル震える手で薬瓶を握りしめたユアンは、口がパクパクと酸素不足の鯉のようになっていた。
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