帰途の道中
図書館には、さすがに大量の魔法陣の書籍があった。
今はもう使われていない大魔法から、なんの役に立つのか呆れるような独特のものまで様々である。
注目すべきは、エルフ達が考案した生活魔法だ。
魔法を特殊な武力として考える人間とは違い、エルフはほぼ全員が魔法を使え、そして豊富な魔力量を誇る。
だからこそ生まれた魔法、生活魔法だ。
エルフが使うだけあって、この魔法がなかなかに侮れない。ほとんどが複合魔法で、それこそ三種類以上の属性がないと使えないというバカげた難易度だ。
便利は便利なのだが、一部の人間しか使えないのなら意味がない。
リュシアンとて属性に制限はないが、いちいち巻物を使用している時点で手軽に使える手段とは言えない。やはり普通に火を熾したり洗濯したり、体を洗ったりした方がいいだろう。
読み物としては面白いので、いくつかは頭の中にメモをしておく。
攻撃魔法はそれこそ一つのフロアーを占拠するほどの書物で埋め尽くされていた。この世界も、過去にはかなりの争い事があったようなので、戦闘用の魔法の開発には労力を惜しまなかったに違いない。
いかに殺傷力を高めるか、いかに広範囲を殲滅できるか、そんなことにしのぎを削っている。目的を考えると萎えるが、ともかくその努力には脱帽するしかない。
「さて白魔法、回復魔法はと…、あった」
今回の目的の一つ、回復魔法。
攻撃魔法の横に、それに付随するように回復魔法の棚があった。皮肉なことに、これも戦争の激化により発達した魔法である。負傷した兵士を、効率よく元に戻して戦場へと送り返すために開発、発展したものなのだ。
過程はともかく、回復魔法はもちろん攻撃魔法にしてもモンスターを退治したりと、これら魔法は平和な時にも役に立つのだから、なにもかもが負の遺産というものでもない。
リュシアンはペラペラと本をめくり、魔法陣のページをじっと見つめる。回復魔法は解毒、マヒ解除、解呪などの解除系と傷の回復など多岐にわたる。リュシアンが以前に使ったものは、この解除系すべて(軽度)と、回復(中)、範囲(大)の魔法だったらしい。
驚いたことに、欠損部位を修復する魔法もある。ただし、魔力消費が異常なほど甚大で、エルフほどの魔力量がなければ、下手をすれば魔法の行使者の命を奪いかねない。要は、それほどの代償がいるということだ。必要属性も風、水のほかに、光まである。光と闇は特別な魔法で、これと他の属性を持つ者は稀だ。そんな貴重な人材の命を脅かす魔法の存在は却って不利益にさえなる。
この書籍が閲覧制限がかかっているのが、それで納得できた。
ここには、それらを上回るバカげた魔法もごろごろあった。何百人もの魔術師の魔力が空になるくらいの、大陸級のものや、次元や空間を操るような、発動するかも怪しい代物もいくつかあった。いずれも、魔法陣に描くとするととんでもない大きさと枚数になる。
後の研究家が魔法陣を資料として残してはいるが、おそらく再現は難しかったのだろう。魔法陣に必要になる呪文のみを延々と記している。その厚さは、まさに辞典サイズ。
(全十巻……これ、誰が読むんだろう)
何はともあれ、図書館はとても面白かった。
手軽な回復魔法もたくさんあったし、これから役に立つだろう。
※※※
王都を発って丸一日、往路にも寄ったオアシスの街へとたどり着いた。旅は始まったばかりだが、この先はしばらく村も町もないので、野宿に備えてここでゆっくりするのがいつもの帰路の決まりらしい。
ところが、いつもは旅人でにぎわう街がどこか元気がない。
すれ違った行商の一行に、病が流行しているらしい、早く立ち去った方が得策だと忠告を受けた。
エヴァリストは町長の家へと急いだ。
「流行性の疫病ではないと、私は思ってます」
感染の心配はないだろう、とのことだ。
町長は熱病で倒れているので、対応に出てきたのは息子のオットーだった。砂漠地帯に近いこの土地独特の浅黒い肌に、彫の深い顔が精悍な印象の青年だった。おそらく三十才前後だろう。
彼の奥さんだろうか、部屋に入ってきた夫人が来客たちにお茶を配っている。
それを見計らって口を開こうとしたオットーを遮るように、リュシアンが茶碗に口をつけた。
「……塩、ですか?」
驚いたように灰色の瞳を瞬かせたオットーは、お茶を口にしてちょっと顔をしかめた少年を凝視した。エヴァリストは軽く咳ばらいをして「確かに塩が混じっているようだな」と、説明を促すように呟いた。
どうやら今年は雨が少なく、オアシスの水場はもちろん、雨季の時に出来る貯水池もとうに干上がり、塩湖の方角にある井戸から水を汲みに行っていたという。
往路に寄った時も、確かにそのような話を聞いた。あれからも、相変わらず雨は降ってないようだ。
「治療…、というか回復はできるけど、それじゃ解決しないよね」
「回復って、あっ、そうか魔法が使えるのか?」
貴族だからといって、必ずしも魔法が使えるわけではない。ましてや回復魔法はそれなりに希少な魔法の部類に入るため、オットーは魔法による回復というのは念頭になかったのだ。思わず敬語も吹き飛んだ。
「うん、でもそれはあくまで体内に毒として溜まってるものを軽減したり、多少なりとも体力を回復させたり、といった一時的なものだよ。怪我と違って、病気は原因をなんとかしなきゃ…」
治療イコール解決と短絡的に考えたオットーは、思わず己のはしゃぎっぷりに赤面した。同時に、この子ホントに子供なの?という顔で、父親であるエヴァリストを見た。
「ここって、燃料は豊富にある?」
しばらくして、ふと気が付いたようにリュシアンが尋ねた。
なんで燃料かと、オットーはますますわからない顔をしたが、次の瞬間、「ああ…、なるほど」と笑みを浮かべた。
「これも一時凌ぎだし…、まあ、たぶん実践してる人は少なからずいるかもとは思うんだけど、もうちょっと効率よくできると思うんだ」
リュシアンはにっこりと笑った。
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