続・謁見

「国を乱すのは本意ではありません」

「……事は、国の将来を担う王子の命に関わることじゃ」


 今はまだその時ではないと、リュシアンは思った。心情はともかく、イザベラが及ぼす影響を思うと、まだ彼女の罪を暴く時ではないと。

 

 もちろん、リュシアンはイザベラを許す気など毛頭ない。たぶんこの憎しみが薄れることはないだろう。冷静な頭では、今の大切な場所を破壊してまで彼女をどうこうする気はないが、やはり目の前に現れたら自分がどうなるかわからない。

 だから王城にいたくないと思うのかもしれない。

 この国を想う気持ちはある。なにしろ故郷だし、今の父母や家族が愛してやまない国だ。とはいえ、リュシアンは王位を継ぐ気などは微塵もない。だからこそ王太子が不明の今、なんとしてもエドガーには無事でいてもらわないと困るのだ。

 

「あれは…、母親が失脚すれば道連れになりかねん」

「だからこそです、陛下」


 そこでエヴァリストが、さきほどエドガー王子に出会ったことを伝えた。外へ出たがっている王子を、望み通り国外へと留学させられないかと。エドガーが留学などの理由で王国にいない時なら、影響は最小限に抑えられるのではないか、と提案したのだ。

 それに、やはり母親が断罪されるさまを見せるのは幼い王子には酷なことだろう。


「なるほどな、あやつ自身は素直な良い子なんだが」


 王にとっては、可愛くはあるが凡庸な王子だと感じているようだ。

 まだ幼いからなのか、本人に王位に対する執着はまったくなく、どちらかというと早く学園都市に行って勉強したいと張り切っているそうだ。王太子である兄の影響がかなり大きいのだろう。

 そして国王は、思った以上に行方不明の王子に期待していたのがわかった。


「あれは頭脳明晰で、王族としても魔力量が桁外れだった。母の生まれ故郷だとて、学園都市になどやったのが間違いだったのだ」


 エドガーの留学を渋っていたのは、なにもイザベラだけではなかったということか。後継者として期待していた長男の失踪は、想像していたより国王を苛んでいたようだ。

 国王などといっても、結局は玉座に縛り付けられて自分では動けぬ不自由な身なのである。大切な人を、その手で守れないジレンマは常にあっただろう。

 結局のところ、国王を踏みとどまらせることには成功した。

 落としどころとして、護衛の強化とイザベラに監視を付けるということで話がまとまったのだ。護衛の件は、実は断ったのだが速攻で却下された。ある程度自衛はできるし、父母も大げさなほど護衛を付けてくれるのでと説明したのだが、その際また父親同士の火花が散り始めたので了解するしかなかった。

 国王からの護衛は、騎士ではなくいわゆる隠密のような者らしい。ゾロゾロついてくるんじゃなくて良かったと胸をなでおろす。この世界の忍者のようなものだろう。


「せっかく王都まで来たのじゃ、ゆっくりと見物していくがいい」


 別れ際に、陛下はそう言ってなにか願いはないかと聞いたので、リュシアンはもちろん王立図書館への閲覧の許可が欲しいと頼んだ。

 そんなことでいいのか、と拍子抜けした様子だったが快く許可証を発行してくれた。なんと王様の直筆のサインが入った特別製だ。


(こんなの持ってい行って大丈夫かな?)


 満面の笑みで手渡してくるそれを、まさか押し返すわけにもいかずリュシアンはありがたく頂戴した。


 王城から出ると、リュシアンは思いっきり背伸びをした。

 謁見の間では、腰ベルトの小さなポシェットにへばりつくようにしてしがみついていたチョビが、ようやく動き出してよじよじと頭に登ってきた。さすがに王様に突っ込まれるのは面倒だからね。とっさに目立たないようにとカモフラージュしたのだ。とは言っても、すでに隠密は付いているはずなのでチョビのこともすぐに筒抜けになるだろうけど。


(なんかいろいろ面倒くさいなぁ)


 ちょっと王様に冷たいリュシアンであった。

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