幕間

 目の前には、鉄くずの数々が積み上げられていた。

 オットーの助けを借りて、錬金用の金属を集めてもらったのだ。お試しということで、目的のものが数点出来るだけの量をということで取り急ぎ集めて貰った。

 これを加工しやすいように錬金するわけだけど、設備がない。せめてこれらをインゴットにできれば、とそこまで考えて、リュシアンはふと自分の頭の上で寝こけている黒い塊のことを思い出した。


「チョビって、重力系の魔法持ってるよね? もしかして圧縮とかできる?」


 ダメもとで、というか半分以上は冗談でそんな提案をした。

 チョビは、しばらくギチギチギチと独り言のように顎を鳴らして、ちょっと体をゆすっていたと思ったら、前触れもなく目の前に半透明の球体のようなものが現れた。

 ギョッとする暇もなく、それは目の前のガラクタを包み、あっという間にキュッ! と収縮した。

 ごとり、と金属の塊が地面に落ちる。


「………自分で頼んでおいてあれだけど」


 リュシアンが思わず小さな声で呟くとその横で、それこそ目が飛び出すほど驚いていたオットーから、やがてうわごとのようにもっともな疑問が飛び出した。


「……それ、岩鼠じゃないんだ?」


 オットーには怪しまれたが、少なくともベヒーモスとは思わないだろうと、リュシアンは曖昧に笑った。

 その後、鍛冶屋へと案内してもらい、水蒸気を集める特殊な鍋を作ってもらうよう依頼した。

 鍛冶屋には武器や防具などを専門に作るところと、生活用品のみ扱う職人がいる。もちろん、両方担う職人もいるが、大体は拘りがある者が多いので分業しているようだ。


「いい錬金の技術だな、扱いやすい」


 例のインゴットを錬金して不純物を取り除き、鍋として加工しやすいようにしたのだ。金属加工はあまりしたことはなかったが、うまくいったようで安心した。

 彼は、生活用品専門で鍛冶をしている職人だ。さすがに手馴れていて、板状に伸ばした金属がみるみる鍋の形になっていく。

 リュシアンは鍛冶はできないが、魔法錬成はできるので形を変化させて同じようなものを作った。

 金属を打ったり研磨したり手間をかけて行う鍛冶との違いは、やはり丈夫さとか硬度、あとは独特のしなりや、究極にはその美しさが挙げられる。ただ、今回はモノがモノなので実用性があればいい。

 そんな難しい原理ではない、蓋の方に仕掛けがあって蒸気が溜まるようになっているのだ。

 一気に町を救うとか、そういういう大掛かりなものではないが、雨が降るまで個々で凌ぐことができればいい。

 これなら普通の鍋の値段と変わらないので、誰でも購入できるし、何より自衛ができる。町が一時的に大規模な援助を行っても、じゃあ次はどうするの?ということになっては何にもならない。

 

「飲み水だけでも確保できるのは助かる、他の鍛冶職人にもお願いして大量生産の準備をしているよ」


 燃料は幸いこの街では不足してないので、蒸気で真水を作るのは容易いことだった。留学の経験があるオットーにはそれなりの知識があったので、おそらく塩が原因なんだろうことも、その解決策も気がついてはいたらしい。

 ただ、巨大なろ過システムの案だとか、太陽熱による地中の水分を蒸発させる装置だとかを発案しては、すぐに頓挫したというのだ。なにしろ費用が莫大だった。

 確かにこの土地は、豊富な塩と、蜜サボテンの産業で裕福だ。彼のように留学している者はさすがに少ないが、王都に近いこともあって、王立の初等科へ行っている者もいるらしい。

 それでも、すぐにそれらを設置するだけの経済力はなかったのだ。この先、町を挙げての大掛かりな装置を作るかどうかは、その技術をどうするかを含め相談して決めていけばいいだろう。


 リュシアンは重病そうな病人の家を数軒まわり、さっそく覚えたばかりの回復魔法を使った。軽度の患者は、おそらく真水を飲んでいれば症状も軽くなるだろうし、あとは自然治癒に任せるのがいいだろう。オットーもしっかりしているし、あんまりよそ者がでしゃばることもないしね。

 でも、やっぱり学校へ行ってると違うなあ。オットーは空回りではあったけど、そのうちリュシアンが思いついたことくらいはやっただろうし。

 前世の記憶がある分、確かにリュシアンは有利に立ち回れるけど、こちらの事はほとんど知らない。それこそ魔法や魔道具、こちら特有の植物など、勉強すれば錬金だってもっと幅が広がると思った。


(学園都市かあ……)


 ファビオ兄様も留学している国、ドリスタン。

 有名な学園都市がある国。我が国の友好国で、王太子エルマンの母の国だ。

 どんなところだろうか。むくむくと抑えきれない好奇心が、リュシアンの中に膨らんでいくのだった。

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