向こう側

  旅をはじめて三日目の夜。丁度いい具合に宿泊できる村にたどり着くことが出来ず、やむなく初めての野宿となった。夜道は暗く危険な上、下手に街道から外れてしまうとモンスターに襲われるリスクもある。

 岩石地帯の近く、街道脇でキャンプをすることにした。

 携帯食と、持ち運びできる竈を使ってスープを作り、簡単に夕食を済ませる。

 この旅には、屋敷から連れてきた騎士が五人と、旅に慣れている冒険者パーティを雇って同行させていた。馬車はリュシアン達が乗る二頭立ての馬車を含めて三台である。

 冒険者パーティは男女二人ずつのベテランで、先ほどからキャンプの準備や食事の後片付けをしていた。騎士たちも馬の世話などが終わると、自分たちと主人のキャンプの準備を始めていた。

 そんな中、リュシアンは食事を終えると、魔法の練習をするといって少し離れた岩場の方へと歩いて行った。

 あれから口数が減っているリュシアンを心配しつつも、エヴァリストはしばらくは様子をみようと思ったのか、特に何も言わなかった。目の届くところからは離れないようにと注意するにとどめた。

 

 リュシアンは、大きな岩がある方へ歩いていくと、いくつかの巻物をフリーバッグから出した。

 三階建の建物くらいはありそうな岩が、ぽつんぽつんと砂地の平原にいくつも点在していた。その付近には大人の背丈ほどの岩が寄り添うように囲んでいる。もし上から見ることができたら、何かの形になっているかもしれない。

 ぼんやりと巨石を眺めていると、二人組の騎士がやってきて岩場をぐるっと見回って、さらに物陰などを念入りに覗き込んでいた。

 エヴァリストの言いつけだろう。こんな誰もいないところとはいえ、用心はしておいて損はないし、街道沿いとはいえ小物のモンスターが潜んでいるかもしれないのだから。

 軽く会釈して去っていく騎士たちに、小さくありがとうと告げた。

 父にはすごく心配をかけてしまっていると自覚していたが、なかなか気持ちの整理がつかなかった。もはやどうにもならない後悔が、いつまでも胸のなかにわだかまってたのだ。

 今よりも幼い子供だった自分に出来ることなどあるわけもないが、それでももどかしい思いだけはどうにもならなかった。父が懸念しているだろう復讐に呑まれているわけではない……正直、目の前にその相手が現れたらわからないけれど。

 ただ、どちらにしろ肉親を失う運命の星の下に生まれるんだな、とすこしナーバスな気分になっただけである。

 

(あ、いや、父親は生きてるか…、そういや)


 なんだか急に腹が立ってきた。八つ当たりに近いけれど、もとはといえば元凶はその人なのだから。

 大きく息をつくと、すこしスッキリした。

 今ぐちぐち考えても仕方がない。推測でわかった気になるのも危険だし、ことは犯人を見つければおしまいという簡単な話でもないのだ。

 リュシアンは地面に置いた巻物のうちの一つを手に取った。

 初級風魔法ウインドショット。衝撃波とかそんなイメージが思い浮かんだ。せっかく広いところにいるんだから、バンバン魔法の練習をしよう。使い捨て用に作った巻物は三十本あるし、初級の攻撃魔法陣は全部覚えてる。なによりストレス解消になりそうだ。

 岩場から少し離れて、巻物を開く。描かれているのは緑色の魔法陣。目の前に巨石を仰ぎ、手のひらを巻物に撫でるように翳す。ここだけは慎重に、紙を燃やさないように、そうっとだ。

 すると、その時。

 岩の向こうからギチギチギチと虫の鳴き声のような、不思議な音が響いてきた。


「ひゃ…っ!?」


 瞬間、思わず力いっぱい巻物を叩いてしまい、ギュルッとすごい勢いで魔法陣が浮き出した。

 やばいっと思った時には、夜空に展開した輝く緑の魔法陣から、いくつかの光の細い弾道のようなものが飛び出した。そのまま、差し込むようにしてスイッと岩に吸い込まれた。


(やっちゃった……巻物、木っ端微塵で跡形もないよ)


 あの音はなんだったんだろうと辺りを見回したが、取りあえず何事も変化はない。発動したように見えた魔法も、不発だったみたいで岩にも変化が見られなかった。

 他の巻物を取り出そうとして下を向くと、耳にパキンと何かか割れるような音が響いた。

 そのままピキピキと、なにやら不吉な音が続く。それは、だんだんと連鎖して、最後にばきんっと大きく弾けるような音がして、顔を上げたリュシアンの頬に小石の破片が飛んできた。


「いった、……ん?」


 巨石の塊が、暗い視界の中でわずかに揺れた気がした。

 ゆっくり、本当にゆっくりした動きで、何故か二つになった大きな影が左右に別れていった。

 もう他に形容しようがなく、目の前の巨石は見事に真っ二つになった。


(――えええええええ!? ちょっ…なにこれ。え、僕? 僕のせいなの!?)


 やがてそれは、砂埃を巻き上げながら鈍い音をたてて倒れた。

 思わず父たちの方を振り向くと、全員が立ち上がってざわざわしている。数人が武器を持って、慌ててこちら側へと走ってくるようだ。当然そうなることは予想がついたので、リュシアンはすぐにジェスチャーで無事を伝える。

 駆け寄ってきた騎士たちには、ちょっと魔法に失敗しただけだ、とちょっと苦しい言い訳をして戻ってもらった。早めにキャンプ地に戻るよう釘を刺されたが、取りあえずは納得してくれたようだ。

 何が起こったかはともかく、今日はもう練習を諦めようと巻物を仕舞うため、割れた岩の近くのバックを拾いに行った。

 ……ギチギチギチ。

 すると、再びあの音が聞こえてきた。リュシアンはバックを片手に、耳を澄ませた。

 割れた岩の、その下の方から聞こえてくるようだ。恐る恐る顔を近づけると、割れ目のギザギザしたところの一部がユラユラと蜃気楼のように揺らめいていた。熱は発生しない魔法だったため不思議に思っていると、今度はヒュッと風を切るような音が聞こえた。

 それこそ、顔を上げる暇などなかった。

 次の瞬間……、ゴッ! と額に硬いものが当たった。


「痛いっ!!」


 それ以外言葉が出なかった。冗談などではなく目の前に火花が散った。押されるように仰け反って、それでもなんとか尻もちをつくのを堪えたリュシアンの足元に、ボトッと重いものが落ちる音がした。


『……誰か、いるのか?』


 ぶつかってきた物を確認しようとしたが、不意に聞こえてきたその声に引き戻され、額を抑えたままリュシアンはきょろきょろとあたりを見回す。


『子供…?まさか、君が空間をこじ開けたのか?』


 再び声が聞こえてきた。こちらからは姿は見えないけれど、向こうからはこちらの様子がわかっているみたいだ。声は、信じられないことに岩の下から聞こえてくるように思えた。

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