石ころの正体
(だ、誰?! どこにいるの、まさかこの下にとじこめられてるんじゃ……)
慌てて人を呼びに行こうとすると、その声はリュシアンを止めた。もう時間がないんだ、と急かされているように言った。
「閉じ込められているの? どうしたら」
『いや、私のことはいい、それより……ん? 君は』
ふいに向こう側に沈黙が落ちたが、リュシアンが聞き返す前に再び話し始めた。
『……いや、今はそれどころじゃないな。とりあえず、そちらに飛び出していったソレについてだ』
リュシアンは足元に転がる、大人の拳くらいの大きさに丸まったそれを見下ろした。ごつごつした黒い石、のようなものに見えた。
『詳しい説明は省くけど、それはベヒーモスという魔物だ。まだ子供ではあるが、こちらの世界を出ると膨大な魔力を食らう……とまあ、話せば本当は長くなるんだけど』
リュシアンはただ茫然と聞いていた。なにしろ、頭が追い着いてない。
『だけど、そうだね、たぶん君の魔力量なら養えると思うよ。ああ、私には魔力を感じる力があってね』
だからこっちに引き寄せられちゃったんだけど、とか陽気に笑っている。もうどこに突っ込んだらいいのかわからない。
いつの間にかその声は、リュシアンに対してすごく親し気な雰囲気になっていた。まるで知り合いのような気安さだったが、こちらからは姿も見えないし、声に聞き覚えもないので判断が付かない。
というか、なにか重大な事を聞き流した気がした。
(なに!? ベヒーモスとか言った? あれだよね、ほら……、空想上のアレ!)
混乱しすぎてつい語彙が乏しくなる。穴が開くほど眺めてみたが、まずこれが生き物に見えない。どうみても、ただの黒い塊でしかない。
リュシアンは、丁重にお断り申し上げる決意をした。
「あの、困ります。そっちに戻したいのですが」
すると、ゆらゆらと揺れていた空間が、急速に渦巻くように小さくなっていくのを感じた。向こう側の声が次第に小さく、聞こえづらくなってしまう。
『……残念ながら、一時的に…のベヒー…スとが…繋がっただけだから、……定なんだ』
「ちょっ、待って…っ!」
状況はよくわからなかったが、唐突にリュシアンは彼を見失ってはいけない気がして、必死になって声の方へと手を伸ばした。
けれど、無情にも揺らぎの渦はだんだんと小さく、その声もだんだんと小さくなっていった。
――きっと、会える。
遠ざかっていくノイズの彼方から、なぜかそれだけがはっきりと聞こえた気がした。
そうして不思議な歪みは唐突に消えた。
リュシアンはしばらくの間、呆然と立ち尽くしてしまった。
ギチギチギチ……。
やがて、例の鳴き声(?)のようなものが聞こえた。
足元を見ると、
岩っぽい亀のような背中に、すこし短かい四つの手足が動いている。甲羅にこそ入っていないが、なんとなく亀っぽいような……いうなれば、昔見た怪獣映画に出てきそうな姿だった。
足が短いからか、少しおぼつかない動きで歩き出した。
よくよく見るとギチギチ音がするのは、声というより歯……、顎を鳴らしているようである。
ゴツゴツで、少なくとも愛でる系の感じではない。
※※※
ギチギチと自己主張する、黒い生き物。
リュシアンはテントの中で、先ほど出会ったばかりのソレを眺めていた。エヴァリストは交代で火の番をしているので、今はこのテント内にはリュシアン一人である。
「見れば見るほど、パニック映画の怪獣だね」
岩のような硬いものに覆われた身体に、蝙蝠のような薄い羽根。触ったら怪我しそうなギザギザのしっぽ。そんでもって頭には武骨な角。全部丸まった状態では、まるで岩。
あの声の人は、ベヒーモスとか言ってたけど、記憶を辿っても到底この姿に行きつかない。もちろん前世での記憶だって、現実で見たわけでもないし、いわゆる空想上の生物なわけだけど。
それにしても異様におとなしいし、さっきからぜんぜん動かない。ベヒーモスと聞くと、凶暴なイメージがあったんだけど違うのだろうか。
「あ、そうだ。鑑定スキルで調べればいいのか」
鑑定にはいろいろな種類があるが、ステータス鑑定の魔法陣は父の荷物にあったはずだ。
ベヒーモス(幼生)LV1
別名バハムート。
おとなしい性格で草食。成体になると山のような巨体になり、歩くだけで大災害に。
自らの能力により身体を圧縮、重さを自由自在に変化出来る。
伝説上の生き物とされている。
草食でおとなしいなんて、なんだか意外だった。その後の記述で、歩くだけで災害とかも言われてるけど。ともかく、伝説上の生き物ということらしい。
(え、ホントに?……こうして今、目の当たりにしちゃってるわけだけど)
いつの間にすり寄ってきたのか、岩の塊が頭頂部にある頑丈な角をごりごりと擦り付けてきた。
「痛い、痛い。お前の角、なんかヤスリみたいだから痛いんだよ」
やんわりとその頭を手のひらで押し戻す。すると、手のひらにゴリゴリと顔を押し付けてきた。デコボコした顔はもう、岩石のような肌触りだ。
(すべてが痛い……)
気を取り直して鑑定の続きを読み進めていくと、それらの行動の理由がわかった。
ベヒーモスにとって角は大切な部位。それを触れさせるのは親愛の証。
仲良くなりたいとか、そういうアピールのようだ。しきりに頭を押し付けてくるのは、撫でて欲しいという要求だろうか。その健気さがちょっと可愛くなって、リュシアンはそっと頭を撫でてみた。
じょりじょりとした肌触りに驚いたが、首をもたげて気持ちよさそうに目をつぶったので、引くに引けなくなった。
(手が削れそうだけど、何というか困った……可愛いぞ)
リュシアンは、鑑定魔法のプレートにさらに意識を集中させた。すると、浮かび上がった枠の中にはさらに文字がすらすらと追加される。巻物が初級だったらしく、能力値は軒並み不明が並んだが、最後にスキル・技の欄が出てきた。
火炎放射、絶対零度、重力圧縮、反作用ボム。
※なお成体で威力を発揮すると、世界が滅ぶといわ…………。
リュシアンはプレートを閉じた。最後の注意書きは見なかったことにした。でも、ちらっと映った「リンク」の文字、その横にリュシアン、という名が見えた気がしたのだ。
(……んん?! いや、…えっ、なに?)
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