ギルドマスターの秘密

  応接間のふかふかのソファーに、沈み込むようにしてリュシアンは一人ポツンと座っていた。

 その顔には、なぜこうなった? と、疑問符が浮かんでいる。

 ピエールとリディは別室で待つように言われ、隠れているはずの護衛にも部屋が用意された。まったくもって食えない人物だった。

 彼の名は、リアム・ロベール。貴族みたいだとリュシアンは思ったが、本当に貴族出身だった。

 今はリュシアンに優雅な手つきでお茶など淹れてくれている。


「まもなく参りますので、今しばらくお待ちください」


 なんというか常にニコニコしてる人だ。


(これはこれで…、なんだか怖いよね)


 するとノックとともに、一人の青年が入ってきた。白いフード付きのローブのようなものを着た、どちらかというと細身の魔術師タイプという感じだった。

 冒険者ギルドのマスターというと、イメージ的にはさっき出会ったジェフのようなマッチョだと勝手に想像してしまうが、彼はその真逆といってもいい。


「初めまして、私がギルドマスターのジーンです」


 リュシアンが立ち上がると、彼もフードを取ってたおやかな手を伸ばしてきた。反射的に握手に答えながら、ついつい半ば口をあけまま青年を見上げてしまう。

 なぜならフードからこぼれた長い髪は、見事なまでの緑色だったのだ。


「こんな髪の色を見るのは初めてかい?」


 リュシアンに座るように促すと、ジーンもソファーに腰かけた。

 その瞳も、透き通るような碧である。


「……君の瞳も、私と同じ色だね」

「あ、いえ、これはよくある色で…、父も同じ色ですし」


 ジーンは、ふと指を顎に当てて、ゆるりと首を傾げた。

 なんというか、所作のひとつひとつがたおやかだ。男の人なのだろうけれど、仮に本当は女性なんだと告白されれば信じてしまうだろう。


「その瞳は、……エルフの色だよ」

 

 ……………。

 ……………………。

 大きな瞳をぱちぱちと瞬いて、リュシアンはたっぷり時間をかけて目の前のお茶に手を伸ばした。


(はぁああ、お茶が美味しい……)

 

 リアムの淹れてくれたお茶を、しみじみとした表情ですする。


「その瞳は、エルフの……」

「二回言わなくていいです! 聞こえてました、すみません」


 さらっと流そうとしたが、ジーンはそれを許さなかった。とはいえ、リュシアンもそうやすやすと認めるわけにはいかない。なぜならこのご時世、その辺にほいほいエルフがいていいはずないのだ。


「エルフってあれですよね、長命でエルフの森とかに住んでてて、緑の髪と瞳で弓とか持ってて、こう耳のとんがった……、とにかく美男美女の」

「そうだね、でも基本的に森に棲んでるのはダークエルフだし、耳がとんがっているのもそちらだよ。エルフ達は普通に国を作り、都会で暮らしていたようだよ」


 美男美女かは知りませんが、と言って少し笑った。

 エルフが町中に住んでいるとは初耳だったけれど、エルフの国があるなんてリュシアンは知らなかった。もっとも、耳がとんがってるとか、森に住んでいるとかいう情報は、記憶の奥底にある前世のものだったわけだが、不思議と類似性があるのには驚いた。


「ところで瞳がどうとかって、どういうことですか?」

「エルフと人間の決定的な違いは瞳の光彩なんだよ。ちょっとだけど灰色の色彩が混じってる。太陽の下では銀色に反射するので、見る人が見ればすぐにわかるよ」


 今となっては、その違いすら知らない人がほとんどだとジーンは言った。緑の髪色は、ほぼ純血じゃないと特徴がでないし、現在では血が薄まってリュシアンのように瞳に顕著な特徴が出るということは、ほぼ稀有だという。

 それだけエルフが少ないのだ。彼の話によると、純血のエルフは今では両手で足りるほどしか確認されていないらしい。

 ギルドマスターがあまり表には顔を出さないのはそのためだろう。どうやらサブマスターであるリアムが、外回りやここの顔としての役割をしているようだった。


「君は知らなかったんだね。おそらく両親の片方……、もしくは両方がエルフの血脈だったのでしょう。特徴が色濃くでたのは先祖返りか、どこか系譜に濃い血が入ったか……」


 だんだん独り言のような呟きになり、考える時の癖なのかジーンは唇に指を当ててリュシアンを見た。


(この少年から感じる魔力の異質さ、どこか不思議な空気を纏っているような感じさえする。まるで、この世界の住人ではないような……)


「三百年前に、とうに見失った故郷への道しるべをようやく見つけたのでしょうか……」


 ジーンは小さく呟いたが、果たしてそれは誰に向けたものだったのか、結局リュシアンはその答えを得ることができなかった。

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