出立

 出発するまでの数日間、リュシアンはひたすら錬金作業に追われていた。

 商業ギルドで手に入れた巻物に手際よく自作の紙をセットしていく。少し素材を奮発して上等な魔法紙を錬金できたと自負している。もちろん、完成ランクも上級以上だった。革製カバーの最上級の巻物には、さらに会心判定の特別製をセットした。

 王都の図書館で、いい魔法陣を見つけられてもこれで準備万端整ったといえる。

 そして、ここからは旅の道中の準備。

 安価な無地の巻物のうち、数点には初級魔法陣をあらかじめ念写しておく。滅多に行くことはない外の世界、広くて周りに迷惑を掛けないような場所も確保できるだろう。いくつかの魔法の発動をしてみようと決めていた。燃やさないようにするためには訓練あるのみ、とにかく数をこなすことが近道なのだ。属性による補正がないのなら、感覚で覚えるしかないのだから。


 そして、ついに王都への旅立ちの日がやってきた。

 この地域には、日本のように四季がある。先日までの暑さが嘘のように、その日はずいぶん涼しかった。まだ一気に秋とまではいかないが、馬車の旅にはいい季節だろう。

 屋敷の前には、妹のマノンと母が見送りに出ていた。屋敷の方を見ると、兄も窓から手を振っている。

 兄の剣術指南の師匠ロランはいつものようにビシッと立っていて、リュシアンと目が合うと、まるで執事がするような深いお辞儀をした。結局何者なのか、リュシアンは直接聞くことはできなかった。いろいろ想像はしてみたけれど、いずれも真実だとしたらいろいろ面倒なので考えるのをやめた。

 出発寸前、ピエールが薬草園から走ってくるのが見えた。

 リュシアンが馬車に乗り込む足を止めると、良かった間に合った、と笑いながら息を切らしている。


「これ、酔い止め。俺とリディで作ったんだぜ」


 思い返してみると母がここ数日薬草園に行ってた。ピエール達に薬作りを教えてたようである。酔い止めは魔力錬金が必要な調合だから、リディが魔力を使って協力したということだろう。

 ちょこちょこっと小走りで追いついてきたリディが、照れくさそうに兄の後ろに隠れた。本当に健気で可愛く、ついついリュシアンの顔もユルんでしまう。

 もちろん変な意味じゃない、とリュシアンは誰に向かってか言い訳をしつつ、一つ咳ばらいをして、二人にお礼を言った。


「ありがとう、ピエール、リディ。行ってくるね」


 そして見送りのみんなに手を振って、リュシアンはようやく馬車に乗り込んだ。

 こうしてリュシアンは、父と王都へ旅立ったのである。


※※※


 王都へは、普通に馬車を走らせて二週間というところである。

 途中にいくつかの村や小さな町があり、王都への旅路への宿場町になっている。オービニュ伯爵領は、背に魔境という国境を背負った都市だ。

 魔境は中央が山脈になっており、そこを超えてくるのは難しいため国境とはいっても、魔境を挟んだ隣国との国交もないし、物騒な話ではあるが侵略とかの心配もない。騒動といえば、魔境から迷い込んできた高レベルモンスターが襲ってくるくらいのものだ。

 そのため、王都から離れた国境近くの街にしては、オービニュ領は豊かでのんびりした土地だった。


 そして母アナスタジアは近くの小さな村を収める領主の末娘だった。爵位は男爵だったが、収穫の時期は領主の屋敷の使用人、それどころか領主家族も総出になって作業する程度の小さな領である。

 収穫祭の時期は、村を上げての盛大にお祭りになるが、そんな中、たまたま通りかかった父がその祭りで母と出会ったのが二人の馴れ初めだという。

 両親が恋愛結婚だと聞いてリュシアンは驚いた。貴族はだいたい政略結婚と相場が決まっていると思っていたからだ。もちろんそれは間違ってはいないが、こうした結婚も必ずしも皆無ではない。


 馬車に乗ってしばらくすると、息子と向かい合った父は、いきなり身の上を語り始めた。なんだか急に始まった両親の甘酸っぱい話に、どうにもリュシアンはこっちが赤面する勢いである。


(なんなの、なにが始まっちゃったの……? )

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