冒険者ギルド

 冒険者ギルドは、酒場と併設されいることが多い。

 この街のギルドも例外ではなく、武骨な石造りの入り口をくぐると酒場があり、その先にギルドの受付が並んでいる。商業ギルドのように、ぱっと見ではお店のようなものは見当たらなかった。

 素材などを売っている場所が見つからず、リュシアンはちょっと薄暗い室内を見渡した。

 昼間だからか、酒場にほとんど人はいない。冒険者は今の時間、フィールドへ出ていることが多いのだ。


 受付の窓口には、一人だけ女性が座っていた。リュシアンの視線は、無意識に彼女の頭頂部に釘付けになってしまった。


「ふふ、獣人が珍しい?」

「あ、す、すみません、失礼なことを」


 受付に座る女性の頭には、とんがった耳が付いていた。キツネのような猫のような三角の典型的な動物の耳である。年齢は二十代前半ほど、リュシアンの視線に気を悪くした様子はなくニコニコ笑っている。


「いいのよ、王都にはわりといるんだけど、この辺で獣人は珍しいものね」


 耳がぴくぴくっと動いて、改めてリュシアンたちを見回して少し首を傾げた。


「で、どうしたの?冒険者ギルドになにか用事があるのかな。それとも、おつかいで来たの?」


 大人を探すような仕草をしながら、彼女はそう尋ねた。確かにここは子供が三人だけで来るところでもないかもしれない。もちろん本当は保護者がいっぱいいるが、それは内緒である。

 冒険者ギルドには、基本的に年齢制限はない。ただ、やはり慣例というものはあり、十三才以下の子供はよほどの事情がないと所属できないのだ。


「買い物に来たんですが、どこで買えばいいのかわからなくて」

「ああ、そこの買い取り窓口で販売もしてますよ。もっとも今は、時間的に手の空いてる職員が対応してますけど…って、私ですけどね」


 そう言って、茶目っ気たっぷりにウインクした。猫耳でにゃんこポーズなど、どこかの街の特殊なお店でしか見れないと思ったが、この世界では当たり前に存在した。


「なになに、ぼっちゃんって年上が好きなの?」

「ちがっ…!ばか、なに言ってんだよ」


 ピエールが肘でつついて冷やかしてくる。リュシアンはそれを慌てて、文字通り押さえつけて阻止した。

 

(本当に違うから! だいたい感覚的には年上ではない。というか、これは萌え枠というか、アイドルとかに可愛いな、とか思うアレと同じだから!)


 子供たちがきゃっきゃっとはしゃいでいるように見えたのか、受付のお姉さんは微笑ましそうに見ていた。そんな生暖かい視線がちょっと痛かった。


「おいおい、いつからここは学校になったんだ?」


 いきなり後方から、割り込むように野太い声がした。

 振り向くと、そこには四人組の筋肉隆々の男たちが立っていた。さっきまで広く感じたギルド内が、一気に狭くなったかのようだ。先頭に立っている男は、リュシアンと同じくらいの大きさの大剣を肩にかけ、傷だらけの金属製の鎧を身に着けていた。


(え、まじで、テンプレ来ちゃった?)


「あら、ジュドじゃない、なによ今日は早いわね」

「まあな、思ったより簡単に片付いたからな。また買い取り頼むわ」


 ジュドと呼ばれた大男は、手にもった麻のような目の粗い布で出来た大きな袋を前に差出した。クエスト帰りなのか、戦利品を換金に来た様子だった。


「了解、でもこの子たちが先ね。先客だから」


 リュシアンンたちの緊張などよそに、猫のお姉さんは至って通常運転だった。

 案の定、戦士っぽい巨漢の男はリュシアンをギロリと睨んだ。野太い腕がこちらに伸ばされたので、思わず身体を引きそうになった。


「おう、なんだそうか」


 岩のようなごつい手が、ガシガシとリュシアンの頭を撫でまわす。勢いよくこねくり回すものだから、そのまま頭がもげるのではないかと思ったほどだ。


「じゃあ、酒場で一杯やってるから、終わったら呼んでくれ」


 そう言って豪快に笑ったジュドを先頭に、パーティはあっという間に去っていった。

 テンプレは来なかったし、普通にいい人だった。ちょっと豪快過ぎるのが玉に瑕だけど、とリュシアンは苦笑して見送っていた。


「なかなか肝が据わってるね、君」


 すると、また違う方向から声がした。男の人の声だ。

 冒険者とは違う雰囲気の、貴族の優男といった印象の青年がそこに立っていた。


「サブマスター、お帰りなさい。ギルマス、待ってますよ」


 猫耳の窓口嬢のおかげで、彼がサブマスターだということがわかった。にこやかに彼女と一言二言話をすると、この場を立ち去るような仕草をみせて、思い出したようにリュシアンにも笑顔で会釈した。こちらも軽く会釈して、窓口の彼女の方へ戻ろうとしたのだが……。


「君…? すまない……ちょっと、失礼」


 リュシアンと目が合うと、青年はいきなり驚いたような顔をして顔を近づけてきた。思わず仰け反るように顔を背けたのを、強引にがしっと頬を挟み込まれ穴が開くほど凝視された。


(な、なに!? なんなの…この人)


 いくらイケメンでも、さすがに遠慮したかった。リュシアンが思わず後退りを始めた頃――、


「ぶしつけな真似をして、申し訳ありません」


 ざわりと周囲の警戒が動いたのを感じたのか、青年はすっと身体を離すと丁寧に頭を下げて謝罪した。その際も視線はこちらに固定されたまま動かない。

 すぐに口を開こうとして、彼はわずかに躊躇して何かを考えている様子だったが、ようやく小さく頷いてリュシアンの肩に手を置いた。


「すみませんが、ギルマスに会って頂けますか?」

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