商業ギルドの接客
商業ギルドは、この街ではかなり大きい建物のうちの一つだ。
この国のみならず各国で展開されており、ここはいわゆる支部の一つである。
年会費を支払えばギルドへの加入が出来き、店の開業や国への届け出など面倒な手続きなども簡略化できる。そしてギルド内の豊富なネットワークが使え、ギルドや関連商店で流通している商品も割安になったりもするのだ。
ただし、商業ギルドのルールはきっちりと守らなくてはいけない。違反や違法行為などをしたら一発アウトである。とはいえ恩恵も多い為、まともな商売をしたい者は商業ギルドに入るのが当たり前だった。
そして組織が存在すれば、それに伴う腐敗もある。ありがちなことだが、商売を有利に運びたい大手の商会などが、国や各地の権力者たちに知己を得ようと、ギルドの役員や所長などに媚を売ったり賄賂を渡したりすることが横行している。
そうするとギルドの代行者だという身分を忘れ、あたかも己が力の執行者だと勘違いする者があらわれたりするのだ。
こういうのは、どの世界でも同じようである。
ギルドに入ると窓口がいくつかあって、その隣にギルド直売店のような入り口があった。覗いた感じでは、よく使う日用品くらいしか置いてない。おそらく高価なものは店の奥に置いてあるのだろう。
店の中にいる女性職員は、リュシアンと目が合うとにっこり笑った。
誘われるように店の方へ歩いて行こうとすると、ぬっと影が頭から落ちてきて、危うく人とぶつかりそうになった。横合いから、わざと進路を妨害するように立ち塞がったのだ。
珍しそうに受付の窓口の方を見ていたピエールが、慌ててリュシアンに駆け寄って突然現れた人物との間に割り込むように立った。
背の高いヒョロッとした爪楊枝のような男で、文字通り上から人を見る仕草がなんとも感じが悪い。とても客に対する態度とは思えなかったが、護衛の数人が身じろぎしたのを感じてリュシアンは首を振った。
感じは悪いけどここの職員だ、いたずらに危害を加えるような愚はおかさないだろう。
その爪楊枝男は、前に出てきたピエール兄弟を上から下まで見るとわざとらしいため息をついた。
「ここは子供の遊び場ではないのだがな、ちゃんと金は持っているのかね? 慈善施設ではないのだ、乞食なら他所でやるといい」
選民意識の塊のような男だった。すぐにリュシアンたちが、自分にとって利益を与えるものではないと判断したのだろう。
リュシアンは、庇うように前に立っているピエールに「大丈夫」と声をかけ、男の正面に立ってにっこりと営業スマイルを披露した。
「こんにちは、写生用の巻物を買いに来ました。お店の方へ行ってもいいですか?」
「あ? ……、ああ。いやっ……おい、勝手にお前らっ」
落ち着いた態度で明確に目的を述べた利発そうな子供に、一瞬あっけにとられて頷いてしまったが、すぐに気を取り直して横柄に首を振った。横をすり抜けていったリュシアンにしつこく文句を言いながら、さらに後に続いたピエール兄妹にも絡み続けている。
(まあ、いいけどね。商品さえ売ってもらえれば。さ、…早く用事を済まそう)
相手にするのも馬鹿らしくなって、リュシアンはそのまま売り場まで歩いて行った。後ろでごちゃごちゃ言っている爪楊枝を放置して、並んでいる巻物を吟味するように見ていると、先ほど笑いかけてきた女性職員が親切に話しかけてきた。
「巻物ですか?そちらになければお出ししますよ」
悪くなりかけた商業ギルドの印象が、一気に回復するほどの笑顔だった。
もう少し上級用の巻物はないかと質問すると、嫌な顔一つせず彼女はいくつかの見本を持ってきた。
安価なものから高級なものまで、それこそ多岐にわたる種類がある。上級魔法になると通す魔力も多くなるのでかなり上等なものが必要になる。
だが、リュシアンの場合は特殊だ。どちらにしても燃えるので、良い物を買ってもすぐにダメにしてしまう。もちろん改良はするつもりだけど、本来繰り返し使える高価なものは勿体ない気がするのだ。
けれど、そもそも効果に見合ってない安物では発動すらままならない。王都に行くなら上級魔法などの魔法陣を覚えられる可能性があるので、たとえ使い捨てになったとしても、そのためにも少し品質の良いものを用意しておきたかった。
「おい、アンジェラ。時間の無駄だ、さっさと追い返せ。いつまで相手をしているのだ」
悩んでいると、神経質そうな声が上から降ってきた。すっかり巻物に夢中で忘れていたが、まだ後ろで騒いでいたらしい。ピエールを見ると、イライラした顔でひたすら睨みつけている。どうもチクチクと嫌味を言われていたらしく、今にも飛び蹴りでもくりだしそうな勢いである。
「ちょっとセザールさん、いい加減にしてください。こちらはお客様ですよ」
アンジェラと呼ばれた女性は、そんな男性職員に注意を促すが、如何せん彼の方が上司らしく態度が改まることはなかった。もやは呆れるよりほかはない。
それに比べてアンジェラは商人の鏡だといえよう。子供であろうと丁寧な接客を貫いている。
「じゃあ、この革製のを五本と、こちらの装飾のあるものを十本、あと無地のものを三十本ください」
思った以上に大量購入だったので、さすがに女性職員も驚いたような顔をしたが、すぐににっこり笑って「かしこまりました」とお辞儀をした。
「まてまてっ! なにがかしこまりましただ、なんの悪戯だ、坊主! ただじゃおかんぞ、おい警備員を呼んで来い」
アンジェラにもリュシアンにも無視されたあげく、ピエールとその横の小さな女の子にまでくすくすと笑われて、セザールも黙ってはいられなくなったらしい。もっとも、始めから黙ってはいなかったけど。
リュシアンは騒音に構わず「手形でいいですか?」と、アンジェラに聞いた。
「こうなったら私が…!」
なけなしの自尊心を傷つけられたことで、ついつい逆上してしまったようだ。カバンからなにやら出そうと下を向いたリュシアンの腕を、とっさに掴みあげてしまった。
さすがにしまった、と思ったらしくセザールは顔をしかめた。
しかし、本当に真っ青になるのはこの後であった。
ギルド内に潜んでいた数人の護衛がが、靴音を鳴らして一斉に二人を取り囲んだのだ。ギョッとして固まったセザールの手からひょいっと逃れたリュシアンは、もう一度女性職員の方へと向き直った。
「アンジェラさん、今日はありがとうございました。お代は、こちらでお願いしますね」
不測の状況にびっくりして瞬きしていたアンジェラは、受け取った手形を確認してさらに驚いたようにリュシアンを顧みた。けれど、すぐに微笑みを深くして恭しいお辞儀をした。
「はい、ありがとうございました。本日は、手前どもが大変失礼をいたしました。代わりまして、深くお詫び申し上げます」
アンジェラの対応に、さすがに不審を覚えたのか慌てて引き返してきたセザールは、その手形をひったくって取り上げた。すでにギルドの玄関口にいたリュシアンと、その手形を何度も確認した彼の顔色は、まるで七変化のように目まぐるしく変わった。
「…っ!え…、…っ?! あのっ、お待ちくださ…っ、お客さ……ぎゃふっ!」
やっと己の犯した大失態の数々に気が付いたのか、後方から爪楊枝のひっくり返った声がかかった。直後にすっころんだような音がしたが、構わずリュシアンたちは商業ギルドを後にした。
「ぼっちゃんも人が悪いなぁ、あいつ真っ青だったよ」
「いい薬だったんじゃないの? なんかもう面倒臭かったし……」
歴史を重ねた組織ではありがちといえばありがちではあるけれど、本当にアンジェラのような人達に頑張ってもらわないと安心して買い物もできない。
気を取り直して、次の目的地へと期待を馳せた。向かう先は、冒険者ギルド。
実のところ一番楽しみにしてた場所だ。もし一人立ちするなら、手っ取り早い職業は冒険者である。
リュシアンの立場がこれからどうなるかはわからないけど、おそらく一番しがらみを気にしなくていい職業だろう。
その分、危険も多い仕事だといえるけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます