ドワーフの防具屋

 目立たない路地裏の角地に、その防具屋はあった。こんなところで商売が成り立つのかと余計な心配をしてしまうほど寂れた界隈だ。もう少し歩くと、商業施設が並ぶ中心を外れて貧民街に入るという場所である。

 古ぼけた木製の扉を開けると、カウベルのような鈍い鈴の音がした。

 小さな部屋には所狭しと防具が並んでいる。皮製、金属製など様々だが、確かに品物はキチンと手入れされ、綺麗に並べられている。見たところ、皮はきちんとなめされ、縫製もしっかりしており品質は悪くない。

 ピエールのお墨付きは間違ってなかったようだ。


「なんじゃ、ピエールぼうや、おんし無事だったんか?」


 奥から顔を覗かせたのは、背の小さなずんぐりとした髭の男だった。


(……ドワーフだ!)


 リュシアンは、ついついぶしつけに凝視してしまった。この世界には人以外にも種族がいると聞いたが、周りにはほとんどいなかったので初めての遭遇だった。


「どういう意味だよ、おやじ?」

「おお、リディもよく無事じゃったの。どれ、顔をよく見せておくれ」


 ピエールの質問には答えず、ドワーフの男はリディの前に座り込んだ。


「儂のことは覚えておらんかもしれんの。まだこの子は小さかったからな」


 きょとんとするリディの頭を、武骨な手で優しく撫でてから、ようやくピエールに向き直る。


「お前らが奴隷商に連れていかれてから、いろいろ噂だけは聞いておってな。なんでもロクデナシの雇い主にこき使われたあげく、ヤバイことに関わって、行方がわからなくなったとか」


 下町の噂というのもなかなか馬鹿にできないものだ。驚いたことにだいたいあっている。革製の籠手のような物を手に取りながら、リュシアンは二人の会話に耳を傾けていた。


(この籠手いいな、攻撃をいなすときに使えそうだ)


「ところでなんじゃ、この小僧は。もしやロクデナシの雇い主の関係者か? どれ、儂がひとつ……むぐっ」

「ばっ……! なんてこと言うんだ! ぼっちゃんはむしろ助けてくれた側のお方だ。領主様のご子息様で、リュシアン様だ」


 品物を見ていたリュシアンをビシッと指さしたドワーフのおやじに、ピエールは慌てふためいて飛んで行ってその口を塞いだ。

 自分の名前が出たことで、リュシアンはあらためて髭男の前に立った。


「はじめまして、リュシアンです」


 ぴょこんと頭を下げた少年に、ピエールに羽交い絞めにされた格好のままの髭オヤジは、ただコクコクと頷くことしかできなかった。


 彼の名前はトニー、すでに五十年近くこの地で防具屋をやっているということだ。腕のほどは間違いなく、冒険者たちも表通りから外れたこんな僻地までわざわざ足を運んでくるらしい。

 見かけは厳ついが、話してみると陽気で人好きのする人物だった。

 今回リュシアンは、オーダーメイドではなく既製品を買うことにした。展示してあるホルダー付きのベルトは案の定少し大きかったが、そこはトニーがうまく詰めてくれた。それと先ほど目をつけた革の小手を買って、ここでの買い物を終えた。

 戦いに行くわけではないので、鎧などは必要はない。


「すみません、ぼっちゃん。おやじが失礼なことを……」


 店を出てから申し訳なさそうにピエールが言ったが、トニーのことを親し気に思っているのは滲み出ていた。おそらく今までは、会いたくても会えなかったのだろう。やっと無事を報告出来て、どこか嬉しそうだった。


「いい人だね、ピエール達の事、本当に心配してたんだよ」


 ピエール達がクリフに懐いている理由がなんとなくわかった。トニーとのやり取りから、おじいちゃん子なのは丸わかりである。笑いながらそう答えると、ピエールが驚いたような顔でこちらを見ていた。


「え、なに? どうしたの」

「あ、いえ…、ぼっちゃんは、ドワーフに偏見がないんですね」

「偏見? もしかして差別とかあったりするの?」

「いえ、数が少ない種族を差別する風潮はどこでもあるので、ちょっと意外で」


 逆に驚いた顔をしたリュシアンに、ピエールは慌てて首を振った。言外に貴族は特に、という響きが隠されていたが気が付かないふりをした。


 言われてみればそんな記述もあったかもしれない、とリュシアンは思い出した。昔は、ドワーフもエルフも獣人もたくさんいたらしく、いわゆる亜人の国もいくつか存在したということだ。

 もともとエルフと人族は、魔力を持たないドワーフや獣人を差別していたらしいけど、こればかりはどこへいってもあることなのかもしれない。

 さて、次は商業ギルドだ。

 個人店は当たりハズレがあるので、トニーの店のようにちゃんとした店を知らないなら、やっぱり商業ギルドのほうが間違いはないだろう。

 リュシアンたちは、再び大通りのにぎやかな通りに出てきた。

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