はじめてのおつかい

 いよいよ待ちに待った街へ買い物にいく日になった。

 あまりにワクワクしすぎて、リュシアンなどは昨夜眠れなかったほどだ。遠足前の子供か、とも呆れたが今は本当に子供なのだから仕方ない。

 もともとあまり外出してなかったので、実のところ街を歩くのは初めてだった。外出してもほとんど馬車から下りなかったのだから、なんてもったいないことをしてたんだろうと悔やまれてならない。

 

 今回、街に出るにあたってリュシアンは、目立たない服装をチョイスすることにした。

 それは先日のこと――。

 白シャツに、ハーフパンツに身を包んで、リュシアンは鏡の前に立っていた。素材はいつもの絹っぽいものではなく、綿の洗いざらしのような感じのものだ。

 そのちょっとゴワッとした感触を確かめながら、いつも着ている絹みたいなのは、やっぱり虫が吐いた糸なんだろうか、と疑問に思った。それとも、モンスターの素材ということもありうるけれど。


「うー…ん」


 すると、すぐにピエールの唸る声がした。自分でコーディネートしておきながら、リュシアンを前に立たせて納得いかないような顔をしているのだ。

 

「なんだよ、いいたいことがあれば、はっきり言ってよ」

「ぼっちゃんは、なに着ても……ぼっちゃんだな、というか」


 ピエールは困惑したように首をひねっていた。


「なんだろう、このブーツみたいな靴がだめなのかな? いや、それなら自分だって似たようなの履いてるし。同じような恰好なのに、どうしてこうもぼっちゃんなんだろう……」

「ちょ、ちょっと、なんでピエールまでぼっちゃんって呼んでるの?」


 すっかり気を取られていたピエールは、いきなりの指摘に「え?」と顔をあげた。


「呼び方ですか? クリフさんが、そう…」


 やっぱりクリフだったかと、リュシアンは頭を抱えた。

 じつはクリフの影響で、薬草園ではぼっちゃん呼びがみんなに定着しつつある。ピエールも当然だと思っているようで特に気にした様子はない。

 それにピエールは、あの日以来クリフをリスペクトしている節がある。

 事件の日、ピエールは本来は屋敷に向かわせるはずのモンスターを、仲間であるゴロツキどもが潜む薬草園の端へと誘導していた。そんなことをして、彼が殺されなかったのはひとえにクリフのおかげであったのだ。

 襲撃を失敗させたはよかったが、ゴロツキどもは薬草園の敷地内へと逃げ、それを止めようとしたピエールに逆上して一斉に襲い掛かってきたのだ。

 そんな時、騒ぎに駆け付けたクリフが、クマに追われてたチンピラどもを追い返すために奮闘することになった。すぐに騎士たちが駆けつけてきたが、どうやらピエールにとってはクリフがヒーローだったようである。

 

 だが、これとぼっちゃんの件は別である。リュシアンはなんとかやめさせようと努力したが、結局いずれも徒労に終わった。こいうのは、きっと大人になってもなかなか抜けないものなのだ。ずっと、ぼっちゃんと呼ばれる未来しか見えない。せめて同年代にはやめてほしかったが、キラキラした目でクリフを語る彼に何を言っても無理そうであった。

 ちらりと、ピエールの横にいるリディを見た。

 彼女はピエールの妹で、例の事件のあと兄と一緒に薬草園預かりとなった。まだまだ幼いながら、なかなか気が利いて働き者だと薬草園ではプチアイドル化しているようである。

 大きな茶色の瞳がぱちぱちと瞬き、リュシアンを見上げてにこっと笑った。


「ぼっちゃま、よくおにあいです」


 すこし舌足らずではあるが、愛嬌たっぷりにそう答えた。


※※※


 朝一番の街は、活気にあふれていた。

 リュシアンたちは、まだ早い時間に無事に街に着いた。屋敷はずっと離れた丘の上にあるため、ここまでは馬車での移動だったが、そのまま乗り込むことはせず、街の入り口にある馬車置き場に預けることにした。

 せっかくここまで来たのだから、ゆっくりとぶらぶら歩きたい。

 行き先は防具屋と、商業ギルド、そして冒険者ギルドである。

 ギルドは所属してないと割高ではあるが、信用のおけない露天商より品数も多いし、粗悪品を掴まされることもないとされている。

 とりあえずは、ピエールの勧めで知り合いだという防具屋から行くことにした。

 腕のいいドワーフ族がやっている店があるというので、そこへ案内してもらうことになったのだ。なんでも、まだピエールの両親が生きていた頃からの知り合いだという。

 貰ったナイフを仕舞えるホルダー付きのベルト、きちんとした皮製の良いものが欲しかったので丁度いい。何しろナイフがナイフだ、変な代物は買えない。ロランは結局、あのナイフの出どころを言わなかったが、あえて聞く必要がないほど明らさまな意匠がすべてを物語っていた。

 少なくとも、投げちゃいけないものである。

 なので投擲用や普段使い用のナイフも併用して持っておく必要がある。投擲ナイフはそれ専用の扱いやすいものを作ってもらったほうがいいので、武器屋にも行きたいと思っていた。

 つらつら考えていると、やがて路地裏のような場所に入っていった。

 彼らは三人で歩いているように見えるが、もちろんそこかしこに街に溶け込むようにして護衛が何人かつけてきている。ぞろぞろ近くにいたら、それはそれで目立って仕方がないからだ。

 そして、テンプレを回収すべく少年少女を狙って後をつけようとする輩を、彼らは一つ一つ丁寧に処分していったのである。 

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