第二章 王都へ
準備
「僕に、今更なんの話があるのでしょうか?」
声に不機嫌そうな色が混ざったのは、別に拗ねていたからではない。心の底から放っておいて欲しかっただけだ。
王の血を継いでいることに責任が生じるのだとしても、今のところそのことで得したことはないし、むしろ不利益しか被ってない。しかも、生まれは自己の責任ではなく不可抗力なのだ。
(――そもそも、僕に継承権なんてあるのかな? だって、ならどうして僕はここにいるの? 放逐された、とかそういう感じじゃないの?)
「そう邪険にするものではない、陛下は、お前は死んだのだという報告をされたのに、それでもずっと探しておられたのだ」
(もっとも陛下にとっては、リュシアンとミッシェル殿下は至宝の授かりものだったはずだし)
エヴァリストは、心の中で付け加えた。
むしろ、今までよく黙認してくれていたものだとも思う。あえて理由を付けるなら、ここにシャーロット妃の妹がいるからだろうけれど。
本当のところは王太子が行方不明になったからではなく、国王に衝撃を与えたのは先日の毒殺事件のことを知ったからである。さすがに生死の境を数日彷徨ったと聞けば、肝を冷やしたに違いない。
「死んだことになってたんだ。それなら、なにも……」
どこか嬉しそうに反応する息子に苦笑して、エヴァリストは首を振った。
「いいや、それらは公式発表はされてないんだ。あくまで第四王子は病弱で療養のために王都を離れているということになっている」
リュシアンは口の中で第四王子、と呟いた。どうにもその名称が、自分のことだという実感がわかないのだ。
「詳しい話は、おいおい旅の途中にでも話してやる。お前の…、母や、兄のこともな」
どこか遠慮気味に付け加えた父の様子に、少なくとも面白おかしい内容ではないとわかって、ますますリュシアンの気はおっくうになった。当然ながら幼いリュシアンが、どうしてここへ来ることになったかという、そんな感じの重い話に違いない。考えるほどに憂鬱になってきたが、もうこれは逃れようのない決定なのだと観念して、リュシアンは仕方がなく頷いた。
※※※
出立までの数日、護衛付きでもいいから森に入りたいと父に頼んだが、いともあっさり断られた。
だが、リュシアンは簡単には諦めなかった。護身のための巻物を出来るだけ作っておきたい、そのために材料や素材がいるのだと力説したのだ。そう言われてはエヴァリストも無碍には出来ず、特別に街への外出を許可を出してくれた。
さすがの暗殺者も、先日大きな事件を起こしたばかりで、今は大人しく身を潜めているだろう。手足として使っていた子爵の失脚も、それなりに痛手だったに違いない。ちなみにその子爵だが、地方に飛ばされた後、とある鉱山の責任者になったらしいが、数週間も経たぬうちに落石事故により亡くなったという。もちろんリュシアンが心を痛める理由もないが、なんとも後味が悪いことは確かだった。
買い物は、さっそく明日ということになった。買うのはもっぱら巻物に関するもの。
まずは巻物用の台紙、いちばん外を覆っているいわゆるカバーのようなそれだ。今回は、作らずに買うことにした。形としては芯を中心に丸めた掛け軸のような姿をしている。商業ギルドならいくらでも売っている。
問題は魔法陣を写す魔法紙。これは、できれば自作をしたいと思っていた。そのためには、やはり冒険者ギルドのほうが材料が揃っているだろう。商業ギルドだと加工済みの完成品しかないからだ。
買い物に際して、フリーバックが欲しいと思っていたら、なんと母親がお古をくれた。若いころに作ったもので、容量は20枠で、一つが風呂桶一杯分くらいだという。これは縦にも横にも制限がなく、要するにその体積分は入るというものだった。
(便利すぎるよ、魔法のカバン!)
そのうち絶対に自作しようと心に決めた。リュシアンはどんどん錬金術の虜になっていった。
ちなみにこの世界の錬金術は、そのまままま「錬金」という意味とは少し違う。調合、合成、縫製、鍛冶など、過程に錬金作業があれば、錬金術として一括りにされる。
また錬金素材を買って、特定の専門職として極めている者もいる。縫製や鍛冶などがそれだ。魔力をもたないドワーフ族や、獣人などは魔力錬金ができないので、技術職を極めることで価値をつけているのだ。
そして当日の買い物には、街に詳しいピエール兄弟が付き添ってくれるらしい。
(あと、もちろん護衛もイッパイ……とほほ)
※※※
旅支度と明日の買い物の準備をあらかた終えると、久々に兄の師匠に剣術指南を受けることにした。しばらくは魔法に夢中だったので、剣術の授業はちょっとサボり気味であった。
魔法が使えるなれば、そっちに夢中になるのは無理もないことだ。だが、先日の戦いで咄嗟に魔法が使えない時に慌てるだけで何もできなかったことを反省してもいた。
いざという時とっさに巻物を投げてしまうようでは仕方がない。もっと使える体術や剣術を覚えたいと考えた。
「リュシアン様は、お身体が小さいのでナイフを主力にするといいかもしれません。申し上げにくいのですが、長剣だと腰に差した時……」
(そうだね、つっかえるね、わかってたっ!)
子供用の木刀は短いので大丈夫だが、正規の剣に子供用はない。そこで使いやすい短刀、ナイフ術を教えてくれるということだ。
ナイフを使うにはどうしても懐に入らなくてはならないが、むしろピンチなのは懐に入られた時なので、かえって好都合といえる。
なにしろ今のリュシアンには遠距離の魔法があるのだ。ナイフはあくまで近接戦がやむを得ないときだけだ。小さなナイフなら、魔法発動の暇がないときは投げることもできる。あの時も、不本意ながら巻物は立派な武器になったのだから。
剣術指南の先生は、元はやんごとないお方の側仕えをしていたそうだ。なるほど物腰が洗練されて、言葉使いも常に恭しく乱れることがない。
剣の師匠などというのは、荒くれ冒険者崩れなんじゃないかという固定観念はあっさり消えた。
ちなみにリュシアンは弟子ではないので、師匠とは呼んではいない。ロランとそのまま名前で呼んでいる。なんだかどこかで聞いた英雄のような名だが、きっと関係ないだろう。
そして彼は、リュシアンが王都へ行くと言ったら、ナイフを二本くれた。
銀色にマットな輝きを放つ材質。ナイフは、華美な装飾あまりされておらず、適度な重さで吸い付くように手に馴染んだ。錬金術をやっているからこそわかる。これはそう易々と人にくれてやっていい代物ではない。
それに、そのグリップ部分の下の方に、小さいが、はっきりと見たことがある意匠がついてる。
「こ、…これって」
執事風のいかにも堅そうなその男は、まるで伊達男がするように片目をつぶった。
「遅くなりましたが、お誕生日の贈り物だそうです」
(この人、本当に何者??)
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