幕間ー終わりの始まりー

 結論から言うと、あれ以来、巻物なしでの魔法の発動はできなかった。

 よって、あの時使ったような五連魔法陣の大魔法は、現実的には使用が難しいということになる。何しろ巻物にすると、五本も同時にセッティングして使うことになるからだ。

 スピード勝負の戦闘中に、悠長に並べて使ってる暇など現実的には有りえない。

 回復系というならば、後方支援に限ってだが、いざというときの為に作っておいてもいいかもしれないが。

 けれど、どうせならもうすこし小規模なのが覚えたい。あのとんでも回復魔法のあと、リュシアンはぶっ倒れてきっちり二日間も寝込んでしまったのだ。

 今となってはあの時の現象は、いわゆる火事場の馬鹿力としか説明のしようがない。現に、何度試しても同じことは出来なかったのだから。


「話はわかった……魔力があることはアニアから聞いてはいたが」

「……すみません」


 しゅんとうなだれる息子に、エヴァリストは思わず苦笑した。リュシアンがひっくり返ったあと、家族はそれは心配して医者やら回復魔法が使える術師などを呼んだりと、大騒ぎになった。

 驚いたことにあれは魔力枯渇などではなく、急激な魔力消費による一種のショック状態だったようだ。普通は魔力枯渇に近い状態を繰り返しながら感覚に慣れていくものだが、リュシアンの場合多少消費しても自動回復で満タンになってしまうので、初めての急激な魔力激減に体がついていかなかったのだ。


 リュシアンの魔力量は底が見えないと魔術師が驚いていたが、そのことについてエヴァリストには一つだけ心当たりがあった。


(果たしてこれは、例のことが関係しているのだろうか?)


 リュシアンの碧色の瞳をじっと見つめる。

 この国で緑系の色の瞳は決して珍しくない。けれど、リュシアンのそれはただそれだけではないのだ。


(ミッシェル殿下やこの子が、王太子よりも執拗に狙われた原因はそこにあるのかもしれないな)


「……まあよい。お前が魔法を使えるのは悪いことではない」


 自衛の為にも、と神妙な声でエヴァリストは付け加えた。

 魔法の使い方は特殊だが、それより無属性があったのはかえって都合がいい。なにより暗殺に対抗するには近接に強い方が有利なのだから。


「まだまだ課題は山積みです。もう少し巻物を強化するか、魔力操作で乗り切るか…、どちらにしてもすぐにというわけにもいかなくて」


 無属性の魔力操作はなんとなくわかるのに、魔法に流す魔力の量はなんだか調整が難しい。どうやら#巻物__媒体__#が燃えるのは、対象魔法に必要以上の魔力を流しているのが原因らしかった。

 どの魔法にどれだけの魔力を流すのか、リュシアンにはどうしてもわからなかった。

 これが魔法の属性が無いことの弊害といえる。

 それらすべてを感覚で行える属性持ちと、何から何まで手探りの自分では端から勝負にならない。

 ともあれ、とりあえずは巻物強化から始めた方が早そうだ。巻物がオーバーフローの魔力に耐えられば、なんとかなるのではないかと考えたのだ。


「必要な書物などあれば遠慮なく言うがいい。手に入れられるものなら揃えてやろう」

「本当ですか! ありがとう、父様」


 思考の海に沈みかけていたリュシアンは、父の声に歓喜の声を上げた。それは本当に嬉しい。初級の回復魔法の本とか、魔法陣がたくさん載っている本とか、すぐに候補が頭に浮かんだ。


「まあ、だが…」


 エヴァリストはここからが本題だと言わんばかりに一つ咳払いをした。


「王都へ行けば国立の図書館もあるし、ここでは手に入らないようなものもあると思うがな」


 一瞬、きょとんとしたリュシアンだったが、そこであることに気が付いた。


「あ、そうだ、父様。王立の初等科って僕でもいけますか?」

「…ん? 何のことだ、初等科? あれはそもそも基礎を習う学校だぞ、お前には家庭教師がいるではないか」


 初等科の就学可能年齢は七才、そして貴族も通う教養科は十才。貴族のほとんどは、平民も通う初等科にはあまり行きたがらないので、基礎知識はすべて家庭教師をつけて済ませ、教養科のみに通うのだ。

 ちなみに初等科の生徒は過程を終えると、それぞれ得意分野の施設の下働きになるか、才能のあるものは有力な魔術師に師事したり、騎士の従者への道へ進むことになる。

 そのまま教養科にいくことはほとんどない。稀に下級貴族が初等科に行くことはあるが、その場合もほとんどが平民と同じような進路へと進む。


「それに、お前は…」


 エヴァリストが言葉を詰まらせたが、その先は言わなくても分かった。

 結局はそこに終始する。二年後とはいえ、初等科の就学可能な七才という年齢はまだ十分に幼い。いくら知識をつけても、体を鍛えても、たとえ魔法が使えても、年齢だけはどうにもならない。

 安全が確保されるまでは、子供のリュシアンをむやみに屋敷の外に出すのは危険だと思っているようだ。

 それに…、とリュシアンは思わず自分の手を見た。


(――僕って、なんか発育悪いような気がするんだよね)


 このままでは、仮に十才になって教養科にいざ入学となっても、やすやすと王都へ行かせてもらえないかもしれない。


「今回のことがあったから、というだけではないんだが……もう、お前には話しておいた方がいいかもしれぬな」


 独り言のように言って、エヴァリストは意を決したようにデスク脇の引き出しをあけた。


「お前は聡い子だ。己を取り巻く状況を、すでにおぼろげながらわかっているだろう」


 どこか恭しい仕草で取り出したのは、豪華な装飾の封筒。封蝋は破れているが、その意匠には見覚えがあった。この国の人間なら、子供でも知っている。

 それを目で追ったリュシアンは、特に何も言わずに件の封筒から視線を父に戻した。エヴァリストは、その息子の表情にすこし驚いて、けれどすぐに気を取り直したように口を開く。


「まさか知っているのか? 自分が…、王」

「いえ……っ」

 

 父の言葉を遮るようにして、リュシアンは少し前のめりになった。だが、次の言葉が出てこず、しばらく沈黙したあとに、小さく首を振った。


「……い、いいえ、詳しくは知りません」


 正直な話、知りたくもなかったし、聞きたくもなかったことだ。

 リュシアンは、思わず五才児とは思えないほどの陰鬱なため息をついた。

 だけど、やはり避けては通れない話なんだと納得するしかない。だからこそ、こうして狙われているんだし、決着をつけなきゃならない時は来るわけで。そこまで考えて急にイラッとした。


(……つか、なんでそんなに王様やりたいの? どう考えても大変じゃん、王様なんて仕事。そこまでして苦行がしたいなんて、もしかして馬鹿なの?)


 何気にひどいリュシアンであった。


「という訳で、王都へ行く」

「……は?」


 ちょっと脳内で葛藤している間に、なんだか唐突な結論が出ていた。リュシアンは、思わずポカンと口を開けて間抜けな顔になる。


「陛下がお前に会いたいそうだ」


(えー…!? やだ)

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