セミと夏の虫とカラスの話

青キング(Aoking)

セミと夏の虫とカラスの話

 とある夏の夜、蜜のたくさん出ているヒノキの樹に一匹のセミが休憩がてら立ち寄った。

 すでに先客がいた。


「なんだなんだ、珍しい顔だな」


 体の大きなクワガタが、図らずも立ち寄ったセミにたくさんある蜜を飲んで酔っているような口ぶりで話しかけた。


「これはこれはクワガタさん、わたくしお邪魔でしょうか」


 流れ者のセミは、体の大きなクワガタに恐々して尋ねた。


「昼のおいらだってらこのハサミで、首をちょんぎってしまおう、なぞと思っとったやろうな。だが夜のおいらは気分がいい、どうだここは一つ話し相手になっとくれんか」

「ええ、いいですよ」


 セミは話し相手くらいなら、と引き受けた。

 体の大きなクワガタは気を良くして、問わず語りに話し始める。


「ここはおいらの縄張りやん言うのに、しょっちゅう蜜を奪いに来んねん」

「ほうほう」

「この森一強いハサミを持っとるおいらに、敵うわけないやん」

「戦いでも挑まれたのですか」

「そういうこっちゃ。ようわかっとるな」


 大きなクワガタはうなずいて、畳んでいた羽をバサバサと震わせた。

 セミは見た目とおりの力のあるはばたきだな、と感じた。


「話を聞いてくれて、あんがとな。おいらは寝床につくぞ、じゃあ」


 体の大きなクワガタは、森の暗闇にまぎれ込んでヒノキを飛び立った。

 セミは明日も飛んで移動するため、体を休めた。



 明くる日の朝、セミは一夜を明かしたヒノキを飛び立つ前に体の大きなクワガタに挨拶をしておこうと辺りを捜したが、あのような大きな体は見当たらなかった。


「仕方ない、失礼だが挨拶せずに出発しよう」


 セミは飛び立った。

 陽が西の山に隠れようという時、セミは先とは違う蜜の出ていないヒノキの樹に休憩がてら立ち寄った。

 そこでも先客がいた。それも一匹ではなく六匹だ。


「おまいは?」


 なんとか絞り出したような声で、六匹の体の小さなカブトの内の一匹が尋ねた。


「これはこれはカブトさん達、わたくしお邪魔でしょうか?」

「いえ、それより蜜のある樹を知りませぬか。この樹の蜜はすでに何者かに飲み干されてましてな、わたしたちは蜜を飲めなくて生きるのもしのぎしのぎで……」

「蜜のある樹を探しているのですか?」

「そうです、探してきてほしいのです」


 セミはそれならば今朝まで寄宿させていただいていたクワガタさんのいた樹があった、と体の小さなカブト達の頼みを安請け合いした。

 セミは今日見た風景を逆にたどって、体の大きなクワガタのいた樹に向かい飛び立った。


 

 夜が深まる中、セミは体の大きなクワガタのいた樹にたどり着いた。

 体の大きなクワガタは蜜をすすっていた。


「クワガタさんクワガタさん」

「なんじゃ、おまえかい。一晩泊めてやった恩義も礼儀もない奴か」


 険しく苛立った声で体の大きなクワガタは、セミにあたった。

 セミは機嫌の悪い体の大きなクワガタに、手早く用を済まそうと話し出す。


「カブトさん達が蜜のある樹を探しておりまして、クワガタさんは他に蜜のある樹はご存知ですか?」

「ふん、カブトのやからは図々しい。まだおいらにつっかかる気か」


 心から煩わしそうに体の大きなクワガタがい言うので、セミは話を打ち切って夜も深まっていたので昨夜のように泊まらせていただけないか、と頼んだ。

 体の大きなクワガタはハサミを広げて脅した。


「なんちゅうおごった奴やおめえは。邪魔じゃさっさと行きやがれ!」


 広げたハサミをがちがちと幾度も噛み合わせた。

 セミは待遇のかわりばえに落ち込みながら飛び立ち、体の小さなカブトのいる樹に引き返した。



 帰ってきたセミを、体の小さな六匹のカブトは痩せさらばえて体で絞り出した声で出迎えた。


「どうでした?」

「それが蜜のある樹を探しているからご存知ないか、と尋ねたら追い出されてしまいました」

「そうですか、残念です」


 体の小さな六匹のカブト達は、諦め悟って顔に陰が射し込んだ。

 セミも申し訳なさで落胆した。


「カブトさん、お役に立てなくてすみませんでした。わたくし、そろそろ出発します」


 セミが休ませていた羽を飛び立つために広げる。

 最後に一つだけ聞かせてください、と体の小さなカブトの六匹の内一匹が口を開いた。


「なんでしょう?」

「あなたが追い出されたのは長くて強いハサミを持つ体の大きなクワガタのいる樹でしたか」

「ええ、そうですよ」


 別れ際の質問にセミが肯定すると、俄に体の小さなカブトが六匹一如に態度を尖らしてセミを面罵し出す。


「なんだよ! 結局あんたもクワガタの野郎の味方なのかよ! あんたは昼間ミンミンうるさいんだよ、土の中でも眠れやしない! 人間の小娘みたいに耳障りな声で鳴きやがって、どっか行ってくれ!」


 くどくどと体の小さなカブト達は口汚くセミを罵り続けた。

 それでもセミは言い返さず、体の小さなカブトの六匹に挨拶を残して飛び立った。



 セミが森を飛んでいる間に夜が明けた。

 期せずして通り過ぎようとしていたケヤキの樹に、飛び疲れたセミは立ち寄った。

 そこでも先客はいた。

 

「これはこれは、カラスさん。ここで休ませてください」

「……そうか、好きにしろ」


 黒い羽が艶やかなカラスは、太い梢に留まって樹の傘の枝葉を見上げたまま言葉を返した。


「何かあったのか?」


 顔も向けられず突然に問われて、セミは戸惑いまじりに答える。


「あっ、ありました」

「どんなことだ?」

「何故かはわかりませんがクワガタさんには追い出され、カブトさん達にはひどく罵られました」


 黒い羽が艶やかなカラスはふん、と鼻で笑い諭すように喋り出す。


「皆、俺と同じだな。恨まれたり妬まれたりされない奴はどこにもいない、ということか」


 世を諦観しきって狡猾そうな笑みを湛えて言い残した黒い羽が艶やかなカラスは、孤影を纏い慓悍な羽ばたきの音を立て飛び去っていった。

 森に溶け込む黒い羽が艶やかなカラスを凝然と眺めつつ複雑な心境を抱えたセミは、いつにない大人しさで鳴くことしか思いつかなかった。

 


  




 




 







 


 



  




 


 

 


 




 

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