それいけ!スカウトマン!

青キング(Aoking)

それいけ!スカウトマン!

 先に言っておこう俺はコミュ障だ。だから街中で他人と話すのは苦手だ。

 できることなら冷房の効いた自宅で、一人パソコンと対面していたい。

 しかしだ。人生は楽だけして暮らしていけるほど、甘っちょろいものじゃない。

 それは当然であり、誰もが似たような言葉を耳にたこができるほど聞いたことであろう。

 でもあれは然りだ。なぜなら__

「どこみとんじゃ、クソッ」

 ラグビー選手みたいな巨漢の耳ピアス男が肩がちょっーと当たっただけで睨みつけてきたよ。人通り多いんだからしゃーないやんか、どんだけイラついとんねん。イライラ中毒かいな。

 東京出身のくせして関西弁にして内心で一人語りという慣れないことはもうやめにしといて、そろそろ仕事を始めよう。

 昨日まで俺の職場は大手芸能事務所の事務室だった。それが何故、アイドルスカウトをしなければならないのだろう。嘆かわしい。

 経緯は簡単で明快だ。昨日の仕事終わりに社長から「君、明日からスカウトやって」と学園祭で披露する舞台での役振りで友人から、余った役をしてくれるよう頼むみたいにさらっと告げられた。

 そうした経緯で朝から街へ繰り出してきたわけだが、何ゆえ初体験だから要領を得ないし右も左もわからない。あっ、初体験って淫靡な意味で使ってるんじゃないぞ。__誰に弁明してんだ俺? 

 まぁ、とりあえず可愛い子を見つけて話しかければいいのかな。

 と、ようやく仕事に取り掛かろうとした俺の傍を、学校指定であろうカッターシャツに同じく学校指定のチェック柄プリーツのミニスカで歩いていったスクールバックを肩に提げる栗色のミディアムカットの女子高生に、俺は後ろから声を掛けてみる。

「ごめんください」

 人様の家に上がるのか俺は!

 つい口に出た奇怪な呼び止めにも、ミディアムカットの女子高生は振り向いてくれる。

「何?」

「アイドルとか興味ないかな?」

「うわっキモ、オタク」

 ぐはっ

 あたかもボディーブロー並みの痛い一撃だった。

 俺は会話三秒で吐かれた誹謗に棒立ちで固まると、さっさとミディアムカットの女子高生は歩き去っていった。

 ま、まぁこういうこともあるよな。次行こう。

 無理矢理に気を取り直して、辺りを見回す。

 名刺だけでも受け取ってくれそうな子に話し掛けよう。

 俺の視界の端で、高層マンション入り口の段差に一人で座る中学生くらいの少女がはたと目に留まった。

 脇目も振らず駆け寄る。

「あのー、君」

 中学生くらいの少女は間近で見てみると、ゴシックなドレスという尋常でない格好だった。

 何故か、話し掛けない方が良いんじゃないかと本能が無意識に察していた。

 だが話し掛けた時点で、後の祭りだったようだ。

「我にようか、愚民よ」

 台詞に似合わず幼さの残る声で言うなり、横目で睥睨し人を愚民扱いしてきた。

 これはいわゆる厨二病という、お医者さんいってらっしゃーいの厄介な病気だな。

 今すぐにでも人間違いを装って立ち去りたいが、藪をつついて蛇を出したならば捕獲すればいいだけの話だ。

「その服、似合ってるね」

 おだてれば自然と話を振ってくれる__かもしれない。

「馴れ馴れしいぞ愚民め、我を闇の妃と知っての所業か」

「アイドルとかやってみない?」

「我のことを承知で聞いているのか、それは」

「名刺だけでも貰ってよ。気が向いたら電話してくれればいいからさ」

「デリャ」

 デリャ?

 力を振り絞るような声をゴシックドレスの少女から聞いた次の瞬間に、俺はその場で鳩尾を押さえて踞った。

 今度はマジで鳩尾に刺突を一撃喰らった。スゲー痛いし苦しい!

 俺を見下ろすゴシックドレスの少女の手には日傘が一本。武器は反則だろ__。

「さらばだ愚民よ、闇の妃に抗った罪をそこであがなえ」

 自身の設定は貫徹したままゴシックドレスの少女は、背中を向けて悠然と人の流れに紛れて去っていった。

 数秒経ち、痛みが鎮まってきた。俺は立ち上がりついでに溜め息。

 この辺でスカウトしようとしても、きりなく痛い目に遭うだけだと思うので、ガラッと雰囲気の違う場所に移動することにしよう。

 そして俺がスカウト網に選んだのは、人の流れから外れた裏通り。

 俺が学生の頃、駅への近道として利用していた知る人ぞ知る路地だ。

 昼に差し掛かっていくこの時間帯なら、午後からしか講義受けないサボリ気味大学生が少なからず通るはずだ。

 その中から売り出すには充分な可愛さの女子大生を、狙って話し掛けよう。

 待つこと数十分、めぼしく女子大生であろう美人が路地に入ってきた。オーガンディーの白いワンピースを着た黒髪ロングヘアの清楚でたおやかそうな女子大生である。

 前を通り過ぎようとしたところで、俺は白いワンピースの女子大生の前に出る。近くで見るとすごいスタイル良いことに気づいた。

「ちょっとだけ時間あるかな? 数分でいいから」

 俺が話し掛けると白いワンピースの女子大生は一歩後ずさって、柔らかな動作で手のひらを突き出してくる。可愛いっていうより美しいタイプの女子大生だ。

「命が欲しければ、それ以上近づきませんことよ」

 命が欲しければ? 面白いこと言うなぁ。

「ハハ、君面白いね。どう、アイドルやらない?」

 俺は笑顔で喋りながら一歩近づく、白いワンピースの女子大生は切迫した顔になって突き出した手のひらを手首から振った。

「冗談じゃありませんことよ。右手の建物の屋上を見ますことよ」

「またまたぁー、面白い拒否の仕方だ…… ね?」

 何の冗談だろうかと思ったが、言われた通り右手の都心にしては低いマンションビルの天辺を見上げた俺は、目にした光景に背筋が粟立った。

 なんで屋上からライフルの銃口がこっち向いてるんだよ!

 身体の震いが抑えられない。

「ああああああ、あのライフルは?」

「私専属の護衛の人のですわ。関係者以外で私に一定の距離より接近してきた者を抹殺するそうですことよ」

 ま、抹殺だと! 俺、殺されるのか! こいつに近づいてはならん!

 期せずして訪れた死への恐怖に、けたたましく鳴り出した心の警鐘。

「では、ごきげんよう」

 激甚な恐怖で魂が抜けかけている俺に、白いワンピースの女子大生は微笑んで上品に頭を下げると、俺の横を淑やかな足取りで過ぎ去っていく。

 冬でもないのに全身がひどく冷えて感じた。

 それから恐怖が少しずつ引いていった俺は、安心からかどっと疲れが押し寄せてきてここから動くのが嫌になった。

 手近な塀に背を任せる。

 横長に開いて見えた空は清々しく晴れ渡__うおわっ!

 スーツの内ポケットにしまっておいた携帯が、不意に鳴り出した。

「はい、もしもしぃ!」

 センチメンタルに浸る時間を奪われ、俺は半ば八つ当たり気味に電話に出てやる。

 電話相手から呆れたような嘆息が聞こえる。

『それが君なりの電話の出方かね?』

 穏やかなのに何故か身に迫る威厳を感じるこの声は、俺が勤めている大手芸能事務所の社長の声であった。

 ついさきほどの無礼な対応の仕方に俺が慌てて謝ろうとするより前に、社長が何か言おうと息を吸う音がした。

『すまなかった』

「えっ……」

 思いよらない社長の言葉に、俺は絶句してしまう。

『若い君にいろいろ経験を積ませてやりたかっただけなんだ。スカウトの仕事は今日だけだ、どうか承知してほしい』

 申し訳なさがひしひしと伝わってくる社長の声に、ほっとして口から長い息が漏れた。

「もう怖い思いしなくて済むのか」

『うん? 怖い思いとは、君何を言ってるんだ?』

 横長に開いて見えた空は清々しく晴れ渡っていそうだった。 





 





 


 

 

 


  


 

 

 

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