3
「だいじょーぶ? 奏くん」
黒く長い髪の毛を重力に逆らわずに垂らせ、空が首を傾げる。映七と揃いの中等部の制服を身につけ、そう尋ねてくる。覗き込むように顔を見られ、奏はソファの背の上に頭をもたれさせて彼を見上げた。
目の下のクマは隠しようがない。今日は全員揃って寝ぼけ眼で学校へと向かった。朝は沈んだ様子で一言も喋らなかった空だったが、帰ってきた途端にもうこんなふうに話せる彼を、純粋に奏はすごいと思った。
滲んだ罪悪感を飲み込んで苦笑する。彼らが目を瞑ってくれたものを、奏が混ぜ返すわけにはいかない。
「ああ。ちょっと疲れただけだ」
「少し休んだら? ご飯の時間になったら呼ぶから、それまで寝てていいよ」
奏の右隣、ソファの上で膝立ちになった映七が言う。空も真似するように、左の肘掛けに身を乗り出して「そーだよう」と相槌を打った。
「お前らこそ。寝てきていいぞ」
目元を抑えながら答える。疲れて頭は痛いのに、気が立っているせいか、眠気は全く感じなかった。
「目を閉じるだけでも効果はあるらしいですよ。こっち来てから奏は無理をしすぎです。今後さらに無理するんでしょうから、無理やりにでも寝てくださいよ」
呆れたような零斗の声が、頭上から落ちてくる。
「……寝てられるかよ」
口の中だけで返した言葉は、携帯電話のバイブレーションの音でかき消された。反射的に、跳ねるように飛びつく。
「もしもし」
大急ぎで通話ボタンを押し、耳に当てる。他の三人、キッチンから出てきた白花も合わせて四人が、気にしないように努めてくれたのが雰囲気で伝わった。
『よ、元気か。昨日はどうだったよ』
携帯電話の向こうからは気楽な声が聞こえる。ほんの少し安堵してしまった気持ちを誤魔化してから返事をしようとしたが、その前に耳元で言葉が続いた。
『こっち来るか? 来るんだったらトイレットペーパー買ってきてくれ』
その自分本位の声を聞いた途端、張りつめた緊張の糸が切れる音が聞こえた。
「要件はそっちか?」
『お前のことだから、依頼はどうにでもするだろう。最悪、全部記憶消しちまえば問題ないし。お前らが依頼をしくじろうがどうしようが、俺に迷惑さえかからなければどうだっていいし』
「こっちの気も知らねえで……ふざけんなよ!」
通話口に向けて叫ぶと、そのまま無意識で通話を切っていた。瞬間的に沸騰した後は虚しい気持ちだけが残る。
何が起きたかの予想はついているのだろうが、突然大声を出した奏を、四人分の目が見つめている。空虚な気持ちでは説明するのも面倒で、ただ大きく嘆息した。
「サトルんとこ行ってくる」
「一緒に行こうか?」
窺うように映七が首を傾げたのを、頭を撫でて断る。
「ちょっと報告して様子見て来るだけだから心配すんな」
無理にでも微笑んで、奏は準備のために自室へと向かった。
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