狂気の外の仮初めの憩い


《キュイキュイキュイ!!》


窓の開口と同時に

けたたましくブザーが鳴る。



「!!……くそったれ!!」



隠されたストッパーまでは

把握していた私もまさか

人数不足を補う警報を設置して

いる事は想定外だった。


とはいえ、

今逃げそびればそれこそ

どんな罰を受けるかは

想像するも恐ろしい。


私は窓に足をかけて外に

降りようとする。


運動神経の衰えた身体でなんとか窓に登る。


「ぐっ……」



しかし、

窓の下は予想以上に地面が遠い。


飛び降りようとする身体が

強張る。


だが、時間はそう多くは

ないだろう。



「ええい!!」



意を決して飛び降りる。


「ぐぅっ!!」


案の定、

着地に失敗し、利き足から

嫌な音が聞こえるが、

アドレナリンが出ているのか

不思議と痛みは大きくなかった。


片足を引きづりながら

兎に角遠くを目指す。



(ここから先は……

本当の出たとこ勝負だ)



私にとってあの施設の外は

何一つ情報の無い世界だった。



家から施設に運ばれた車での

道中は覚えていない為、


ここが他県である可能性さえ

捨てきれないし、息子夫婦は

すでに施設に懐柔されている

以上、この先に頼れるものは

いない。



(……これから……

どうすれば……)



最大の目的だった脱走を

半ば果たし、途端に、

冷静さを取り戻してくる。


身寄りのない80を越えた老人が

一人、これから私に何が出来る

というのかと言えば、


その道はあまりにも暗く険しい。


私はせめてこの夜を凌ごうと

近くの民家を訪ねた。



「道に迷ってしまって、

今晩だけご厄介になっても……」



余計な事を話さなかったのは

巻き込む事を恐れての

判断だった。



「災難でしたねぇ」



「ええ、近くに連れがいるはず

ですから明日、待ち合い場所

まで行ってみようと思います……

確か最寄駅で……名前は……」



「◆駅ですか?」



「あぁ◆駅!!

そこです。よかった」



「ここからは少し距離もある。

明日僕の車で送りましょう」



「申し訳ありません。

それではお言葉に甘えて……」



自然な会話の中で目的地を

聞き出す。


それにしても、

久しぶりにちゃんとした会話を

交わした気がして、

私は思わず涙腺が緩むのを

感じて席を離れた。


思えばここ数ヶ月、数年、

まともな会話をした記憶は

ほとんどない。


組員と被験者達とうわべの会話

こそすれ、友好的な言葉など

口にする機会もない日々……


そんな苦々しい思いが彼らとの

会話で少しだけ、

少しだけ絆された様に思えた。

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