第8話 開封



 夕食の後、ウィルがせがむのでショウはいくつも話をしてくれた。蒸気機関車の話や汽船の話は何が面白いのかミリアムにはわからなかったが、外国の古い神様の話には身を乗り出して聞いた。ギリシアのお話だけではなく、ペルシアやインドの神様の話まで教えてくれた。そのくせ、聖書はほとんど読んでいないというのはどうかと思うけど。


 けれど、この国の神様の話があるというのは信じられなかった。昔、怪我をしたときに助けてくれたインディアンから教えてもらったという森のクマの神様のお話はとても美しくもの悲しかった。何よりもそれ以上に、昔はここにもたくさんいたというバッファローの話、土地を奪われて居留地に閉じこめられていったインディアンの話は、あまりにも哀しすぎた。ウィルもミリアムも、そんな話は聞いたことがなかったので、「だから、オレ達はこの土地を大切にしていかなきゃな」というショウの言葉にどう答えていいのかわからなかった。


 ウィルが目をこすりはじめたのがおやすみの合図となって、3人はそれぞれの寝所にむかった。

 ショウは、今日のことは一言も話題にしなかった。ウィルもミリアムも、怖くて切り出せなかった。今日はショウがいてくれた。でも明日は? その先は? それを考えると、ミリアムは眠れなかった。


 ショウと話をしたかった。けれど、部屋に行く勇気はなく、だから外に出た。もしかしたら。もしかしたら、あそこいるかもしれない。

 ミリアムの希望は叶えられた。昨日の場所にショウは座っていた。


「また星を見てたの?」

 当たり前のように隣に腰を下ろしながら、ミリアムは尋ねた。けれど、ショウの答えは違っていた。


「いや、今日は天気を見てた」

「天気を?」


「ああ。近いうちに、早ければ明日の夜にでも大きく崩れるな」

 ミリアムにはいつもの空に見えたのだけれど、ショウの言葉は確信に満ちていた。

「じゃあ……」

 もう少しここにいて。荒れが収まってから出かけるといいわ。

 そう水を向けたら、答えてくれるだろうか。

 いつまでもとは言わない。せめて、あと数日。できれば、もう一日。


 けれど、ショウの答えは天気の判断以上に明確だった。

「ああ、思った以上に長居させてもらった。おかげで、すっかりと疲れもとれたし、明日には発つよ」


 わかっていたことなのに。

 一番聞きたくない言葉を自分から聞いてしまった。

 さぁ、もう寝よう、と言ってショウが立ち上がるとき、ミリアムは思わず手を握ってしまった。


「あの、ショウ、待って」

 どうした? といつもの柔らかい言葉が返ってきた。

「あの、あのね……」

 言葉が続かない。ショウは穏やかに待っている。言わなきゃ。言わなきゃ、今しかないんだから。


「あのね、ショウ、あの、ウィルが朝、ショウに教えてもらうのをとっても楽しみにしているの、だから、明日も出かける前に、大変だけどお願いしてもいい?」

 違う! 私が言いたいのはそんなことじゃない。


「ああ、わかった」

 ショウは穏やかに笑って、ミリアムの髪を指で軽く梳いてから、おやすみ、と告げた。

 立ち去る背中に言葉をかけようとして、ついにミリアムは何も伝えられなかった。その晩、ミリアムは眠ることができなかった。





「お前から銃をとったら何が残るんだよ?」

 なじみのガンスミスに、これからのことを聞かれて、ショウは我ながら間抜けだと思う答えしか用意できなかった。

 だからだよ。だから、こいつを手放さなくちゃ。

 ショウの手の中には、リボルバーが一つ。レミントン・ニューアーミー。パーカッション方式の旧式弾を用いる時代遅れの代物だ。

「そいつを、フェイ師のさらに師匠どのに返すのはいいとしてだな、お前、その先にどうするつもりだ?」

 どうするも何もない。今のショウには何もない。ただ、師匠の最後の頼みが一つ残っているだけ。


『それと、こいつをカン師に頼む』

 抜け殻となったショウにたった一つだけ残った内燃機関の火。西の果てを彷徨っているという老人に届け物をすること。

 他の一番大切な頼み事は、全て踏みにじってしまったから。せめて、これだけは。


「あ~、もう、精気の抜けた面してんなぁ。これが東部随一の名人だとはとても思えん。あのギラギラした目がなつかしいねえ」


 よしてくれ、オレは名人でも何でもないんだよ。

 ショウがまた自分の世界に旅立とうとしたとき、男はいくつかの荷物をショウに押しつけた。

「いいか、これは預かり代わりだ。てめえの馬鹿みたいにバレルの長いピースメーカーなんざ、誰も買いやしねえ。うちで預かっとくからきっちり取りに来い。それまでこれでも使っとけ!」


 店の親父が置いたのは、真新しいリボルバーと、ライフル、それに弾薬が数カートンだった。

「せっかくだが、これは」

 いらないよ、と言おうとしてショウは怒鳴りつけられる。


「いいから、人体実験につきあえ。腕のいい奴ほど新しいものは毛嫌いするからなぁ。新作のダブルアクションリボルバー、見てろ、弾倉がスイングアウト、横に飛び出すんだよ。フレームの強度を保ちつつ、装填が格段に早くなるんだ。当たり前だが、無煙火薬だからな、初速もあがってるぜ」


 興味がないはずなのに、ショウの意識の中のある部分は、男の実演するその一連の動きを忠実に吸収している。

「それからこいつ、出元は聞くなよ? 大陸製のボルトアクションライフルだ。7連発だが、弾倉交換が一発でできる。お前さんがこいつ使えば、一個中隊でも足止めできるぜ」

 男の動作を見ながら、レバーアクションとの比較を冷静に行う自分の中の一部を消し去ることがなぜできないのだろう。


「お前、途中でくたばったら師匠の頼みってやつも叶えられねえだろう? ショウともあろうものが、道ばたで似非ガンマンに撃ち殺された、なんて笑い話にもならねえ。いいから、もっていけ」


 店の親父は手際よくショウの荷物をまとめた。銃砲店なのに、どういうわけだか食料・水から旅の細かいものまで全部そろえてやがった。表に最高の名馬も用意しておいてやるから、と言われて、仕方なくフラフラと歩き出す。扉を押し開けた瞬間、暗い店内に慣れた目は、外の光に白く染め上げられた。



 *



 オレは必要ないって言ったんだ。

 出発を前に、荷物をまとめていたショウは一番の厄介物をみてため息をつく。すでに、朝の日課となっていた。

 創業者二人の名前をとった会社の最新式リボルバー。確かに、既に旧式化したコルト・SAAよりも優れている部分が多い。とくに、秘匿性と短銃身での弾道安定性、それに再装填の容易さは比較にならない。これなら、これ見よがしに腰にぶら下げなくても、たとえば左脇に吊っていても大丈夫だろう。腰の後に指していてもいい。やり方次第では、左手でも抜ける。


 けれど、自分には必要がないものだ。

 眠りながらでもできてしまう分解整備を終え、再び厳重に油をしみこませた布にくるんだ。

 すでに、師匠のニューアーミーも、大陸製ライフルも手入れは終えて、同様にしまい込んである。頼むから、ライフルだけでも馬上で使えるようにしておけ、と言われていたが、知ったことではない。


 窓の外では、ウィルが昨日教えた通りのことを繰り返している。ショウはしばらく眺めた後、ウィルの元に向かった。




「ねえ、嘘でしょ? 本当に行っちゃうの?」

 朝の訓練の時はご機嫌だったのだが、朝食の席でショウが荷造りを終えていることをしりウィルはべそをかいていた。ウィルには辛いことだったのだろう。周りが見えなくなるぐらいに。


「ねえ、お姉ちゃん、ショウが行ってもいいの?」

 それがどのぐらい危険な言葉だったのか、いつものウィルならわかったはずだった。けれど、ショウの旅立ちはそれぐらいこの少年を動揺させていた。もちろん、姉も平然としていられるはずがない。


「ウィル! 黙りなさい! わがままばかり言ってショウを困らせちゃダメでしょ!」

 ミリアムがこれほど感情的に荒げた言葉をぶつけるのをウィルは聞いたことがなかった。けれど、今のウィルにそれを受け止める余裕はない。


「姉ちゃんの、馬鹿!」

 荒げた言葉はウィルの中で山びこのように跳ね返り、ミリアムにぶつけられた。飛び出したウィルを見て、顔を覆うミリアムの肩を叩くと、ショウはウィルの後を追った。



 飛び出したウィルはすぐに見つかった。畜舎で愛馬の前に座って泣いていた。

「ひどいよ、ショウ。何で行っちゃうんだよ」

 追いかけてきたのはいいものの、ショウにかける言葉はみつからない。


「ショウは、僕たちのことが嫌いなの?」

 そんなことはない、あるはずがない。

 けれど、その言葉は届かない。届けることができない。


「じゃあ、何で行っちゃうのさ。奴ら、また来るよ、僕たちがどうなってもいいの」

 それは考えた。何度も考えた。

「僕たちよりも大事なことってなんだよ、教えてよ!」

 果たせなかった約束、当てのない目的、自己満足でしかない任務。

 捨てることはできない。止めることはできない。けれど、それを口にすることもできない。


『勘違いするな、オレはお前達とは何の関係もないんだ』

 そう切って捨てるには、あまりに関わりすぎてしまった。

 この姉弟に、あまりに深い傷を残してしまう。

 だから、だから関わってはいけなかったのに。


「ごめんな、ウィル」

 ショウに言える言葉は、それしかなかった。




 結局、畜舎の前に座り込んでいたウィルが動いたのは、2時間後に空元気を取り戻したミリアムが笑顔で呼びに来てからだった。ウィルがいることを当然の理由としてクオは動こうとしなかったので、それまでショウは出発することができなかった。間抜け面で待っていても仕方ないので、ショウはやり残していた水路の整備をはじめた。一度手を出すと区切りがつくまで止めることはできず、気がつけば昼をまわっていた。


 そのころには、形だけでも機嫌を直したふりした姉弟が仕事を手伝いはじめた。一緒に作業するうちに、ウィルが足を滑らせて水浴びをはじめてしまったのをきっかけに、盛大な水掛け合戦が勃発したのは、自棄になっていたからなのか、別れの寂しさを紛らわせるためだったのか。最後の時を楽しくという思いもそれぞれの心には確かにあったことだろう。もしかすると、水しぶきが隠してくれることを求めていたのかもしれない。笑顔が戻ってきた代償に、3人とも服を着替える必要ができて、結局、ショウの出立は大幅に遅れた。


 *


「約束だよ、ショウ。仕事が終わったら戻ってきてね」

「ああ、うん、努力する」

「だめよ、ウィル。ショウじゃなくて、クオに頼みなさい」

 叱るのはそこか、とは思ったが、せっかく姉弟の機嫌がいいのでショウは何も言わなかった。

「そうだね、クオ! 絶対にショウを連れて帰ってね」

 最高の名馬であるはずの愛馬は、こういうときは賢しらにウィルに向かって頷き、力強くいなないた。


 じゃあな。

 泣きべそをかきながらちぎれんばかりに手を振る弟と、痛々しい笑顔の姉に見送られながら、ショウは旅立つ。

 姿が見えなくなるまで見送られるのはわかっていたので、だだをこねるクオをなるべく急がせた。

 かなり進んでから一度だけ振り向くと、やはり、二つの点がそこに立っているのがみえた。ショウの眼は、ウィルが手を振り続けていることも、うつむくミリアムの足下に水滴がたまっていることも映してしまう。

 万力のようなショウの顎が固く噛み合わされる。圧力に屈し、奥歯がきしんだ。

 けれど、ショウの眼も完璧ではなかった。あまりにも強く二人に心を囚われていたため、もう一つの影を見落としていたのだ。立ち去るショウ自身を見ている黒い影に気付くことなく、とぼとぼと歩く愛馬の背に揺られて、ショウは荒野の中に溶け込んでいった。



 大丈夫さ。

 

 ショウの考えは、結局そこに戻ってくる。


 これでいい。オレはもともとのたれ死にがふさわしい流れ者だ。

 何年かすれば、あの姉弟も思うだろう。

 そういえば、そんな人もいたね、と。

 ウィルも、すぐにいい男になるさ。

 ミリアムは……。ミリアムこそ大丈夫さ。気っ風も器量も最高なんだ。

 周りの奴らが放っておかないよ。

 大丈夫、オレみたいな悪い虫が付いてない方があの子たちのためさ。

 今までも、ちゃんとやってきたんだ。大丈夫、きっと大丈夫。


 けれど、その考えは必ず次の言葉に打ち砕かれる。


『最悪に備えよう』

 師匠が繰り返し話してくれた言葉。骨に、筋繊維に、魂に染みついた思考方式が自分の考えを打ち消してしまう。 

『「何とかなる」ではだめだよ、ショウ。「何とかする」んだ』

『世の中の出来事は、想像よりも悪い方向にむかって全力で進むものだよ』

『あてのない「希望」に頼るのでもなく、「絶望」に支配されることもなく、ただそこにあるものを視ればいいのさ』


 わかってます! そんなことはわかってます……。

 己を穏やかに責め立てる言葉を、ショウは声なき声で振り払おうとする。

 けれど、ショウの思考基盤は、自身が懸命に目を背けていたことばかりを突きつけてくる。


 土地の拡大を狙う地主はそう簡単に引き下がるものではない。

 恥をかかされたと思った男は、必ず報復を企む。

 ミリアムとウィルを守る意志を持つ者は町にはいない。

 町の法執行者はミリアムの父だった。後継者は不在のままだ。

 

 「何年かすれば」だと?

 笑わせる。あの二人にその時間があると思ってるのか。

 けれど。

 では、お前に何ができるのだ。

 二人を守る? どうやって。

 大切な人を守ったこともないお前がか。

 撃つことしか取り柄のない男がか。

 撃つこともやめた男がか。


 忘れろよ。忘れちまえ。

 ちょっと情が移っただけだろ? 何の関係もない他人なんだよ。

 忘れろ。大丈夫、案外、何とかなるるかもしれないって。大丈夫……。 

 

 

 際限のない自問自答を繰り返していたショウは、いつの間にか愛馬が歩みを止めていたことに気づいた。

「おいおい、クオ、お前さぼってないで進もうぜ」

 頭の中に巣くうどうにもならない考え事を追い出すように、ショウは愛馬の腹を鐙でトンと叩いた。けれど、クオは全く動こうとしない。不満げないななきをひとつ漏らしただけだ。まるで、鼻で笑うかのように。

「頼むぜ、相棒。今晩は荒れそうなんだよ。早めに雨風をしのげる場所を探しておきたいだろ?」

 ブフフン、と愛馬は息を漏らした。その件だけは同意してやろう、といわんばかりの仕草で、ショウにはやけに尊大に見えた。


「あのな、急がないと今晩はひどい目に遭うぜ。今朝までの快適な寝床はないんだよ。目が覚めたら温かいスープが用意されてる、なんてこともな」


 おはよう、ショウ。ここにいるうちに、野菜をしっかり食べておいてね。


「またお前と砂埃にまみれて旅していくんだからさ、拗ねるなよ」


 ほら、ショウ。遠慮しないで、汚れ物は全部出して。身だしなみだって大切でしょ。


 畜生。何だってこんなことばかりおもいだすんだよ。

 脳裏に蘇る他愛のない言葉。栗色の髪と、はにかんだ笑顔。そんなものは、自分には不似合いだ。必要ないはずだろ。

 迷いを振り払うようにショウは激しく首を振った。そのとき、視界の端に何かが映った。

 

 地平線にまざる小さな点であったが、岩や木の類ではない。人だ。

 ひとたび認識をすれば、ショウの眼は比類無く正確に対象を分析する。騎乗し、双眼鏡を構えてこちらを見ている。気配を殺し、ショウを観察している。何のために? ショウが立ち去るのを確認するためだ。だから、何のために?


「クオ、戻るぞ」

 先ほどまでの逡巡は消え、明確な意思を示す主人の命令に、愛馬は忠実に答えた。


 ショウが引き返したのを見て、観察者は即座に姿を消したが、ショウは追わなかった。それよりも大切なことがある。



  *



 進む速度が遅かったことが幸いした。這うように進んできた道を、クオは風のごとくに駆け抜けた。祈るような思いで愛馬を走らせるショウは立ち上る煙を認識した。焼けこげる匂いを感じる頃には、納屋の火災を一人で消し止めようとあがくウィルの姿がはっきりと見えていた。


「ウィル、どうした!」

 半狂乱になって手斧を片手に火を消し止めようとするウィルを抱きかかえて、ショウは尋ねた。


「あ、ショウ! よかった、無事だったんだね」

 煤まみれになり、体に手ひどい火傷を負いながら、小さな消防士は真っ先にショウの安全を喜んだ。

 張りつめた糸が切れるように、ウィルはショウにしがみついて泣き出した。


「あいつらが、ショウが怪我をしたって。それで、姉ちゃんが出て行って。そしたら、急に納屋が燃えだして……」

「わかった、ウィル、よく頑張った。後は任せろ」 

 ウィルを火の届かないところに座らせた。


 心の中で完全に消えていたはずの何かに火がついたのがわかる。心臓が赤く光る熔鉄を全身の血管に送り出していくのに反比例して、脳の中が冬の北極海のように凍てついていく。

 納屋はもたない。母屋を守ることが先だ。

 凍りつく頭脳は今の優先順位を作り出す。まず、火を消すこと。それから。

 「それから」のことについてを、考えることはしなかった。今は、まず火を消すこと。ショウの意思はそこにだけ向けられた。

 その一方で、目覚めた氷の頭脳が持ち主の意思に反して何かの準備を始めていくことは感じる。


 ウィルから手斧を奪い取ると、ショウは井戸に組み置いてあった手桶の水をかぶり納屋に駆け寄る。ウィルが撃ち込んでも倒れなかった柱へ、気合いとともに手斧を叩き込む。数撃で柱を叩きおられ火の上がる納屋は崩れていった。たぶん、ショウを縛り付けていた「何か」も同時に。


 砕けた廃材の中で、炎は燃え続けた。



 *


 

「ウィル。ミリアムは、誰に呼ばれて、どこに行った?」


 問いかけるショウを見るウィルの表情に、混乱と疲労だけでなくおびえの色が浮かぶ。


 ダメだ、今はまだダメだ。あともう少しでいい。抑えろ。

 目を閉じる。『ウィルの知るショウ』の顔と声を想像し、再現する。

「いいかい、ウィル。オレがミリアムを連れて戻るから。姉ちゃんがどこに行ったかわかるかい」

 答えは、とぎれとぎれに返ってきた。ウィルの言葉を聞き取りながら、ショウは確信する。


 やはり、自分はここにいられない。いてはいけないのだ。


 けれども。

 けれども、ここにいるべきでないのは、オレだけではないはずだ。


 愛馬に積んでいた荷物を下ろし、その中からいくつかの黒い鉄の塊を取り出す。久しく身につけてはいなかったが、哀しいほどに掌に、体になじんだ。

 ウィルの目に映る自分の姿をごまかすことは、もうできないだろう。


 自分の体から漏れ出す目には見えない何かが、ウィルをの呼吸を圧迫させていくのを見ながら、ショウはウィルとの会話を思い出す。


『でも、もし銃を向けられたらどうするの?』

『昨日も言ったろ? 向けられないようにするのが一番さ』


 ごめん、ウィル。

 銃を向けられないためにオレが覚えた方法はたった一つなんだよ。


 心の中で、自嘲しながら謝罪の言葉を探しても、ショウに答えは見つからない。

 

『ねぇ、ショウ。ショウはやっぱり銃の名人だったの?』

『ん、いや。人違いさ。オレは名人なんかじゃないよ』


 ごめんな、ウィル。オレは、本当に名人なんかじゃないんだ。

 でもさ。いや、だからかな。出来ることがあるんだよ。


 結局、ショウが口に出来たことは、確定的な事実を予告する宣言だけだった。


「ウィル。待っていろ。ミリアムを連れ戻す」


 ショウの変貌にどれほどの違和感を感じていようとも、ウィルはその言葉を絶対のものと信じた。それだけで、ショウには十分だった。

 愛馬と共に、ショウの姿はあっという間に見えなくなった。



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