第6話 答えは他にある
追いつめたはずの敵は、かなり手強かった。いや、強かった。あまりにも強すぎた。呼ばれもしないのに集まってきた賞金稼ぎどもが次々と撃ち倒されていく中で、そいつだけは違った。
たとえ暗闇だろうと、今のショウなら相手の気配を『視て』狙いをつける自信があった。けれど、そいつは気配を消し、ときには拡散させ、ときには実体と違う場所に移し、ショウを攪乱した。見事な腕だ。見事すぎた。馬鹿だった。気付くべきだったのだ。
「師匠!」
指で撃鉄を弾き3連射を胸に集弾させた瞬間に悟った。誰と戦っていたのかを。
『ショウ、見事だよ。よく視たな』
肺を血の海で溺れさせながら、師匠は笑った。
口から血の泡を吐きながら、いつものように超然と師匠はいくつかの雑事をショウに指示した。とても無理な注文ではあったが、ショウは頷くことしかできなかった。
『娘を幸せにしてやってくれ』
不肖の弟子にできることは、師匠の最後の約束を守ることだけだったのに。
お気の毒ですが……、と事務的に告げる医者の言葉にくってかかる気力はもうなかった。
『あなた、いいの。こんなに良くしてもらったんですもの。私、幸せよ』
あんなに膨らんだ頬がかわいらしかったのに、頬骨を浮き上がらせた妻は、それでもベッドの上でショウに笑いかけた。
『でも、パパにもう一度会いたかったな。ほんと、肝心なときにフラフラとどこかに行っちゃってるんだから。困ったものね』
血を吐くほど咳き込みながら、夫の師匠である父親の悪癖を彼女は楽しそうに語った。
もういい、もうしゃべるな……。
本人も、父親も知っていたのに、夫だけが気付くのが遅れた。だから、入院も遅れた。慌てて高額の医療費を稼ごうとしたが、全てが遅かった。
何が全てを見通す眼だ、何が天下の早業だ。そんなものは、何の役にも立たなかった。
『ありがとう、ショウ。愛してるわ。それと、おまけでパパも。約束よ、ショウ伝えておいてね』
だめだ、オレには伝えられない。そう叫ぶことができないうちに、笑いながら彼女は逝った。
果たせない約束だけが残った。
それ以来、ショウは何をすればいいかわからなくなった。
ただ、師匠の雑事が一つだけ残っていたので、西へと旅だった。
西日がまぶしくて、まぶしくて、涙がこぼれていた。
*
……ここの窓は呪われてやがる。
西日を浴びていたはずなのに、ショウは朝日を一杯に浴びていた。
なんだってこんな気分の悪い起き方をする羽目になるんだよ。
『「あなた、ありがとう!」って笑ってやるんだから』
ミリアムの奴、余計なことを思い出させやがって。
右のこめかみのあたりと後頭部の奥にズキズキと痛みが走る。あのあと、部屋に戻り少しばかり飲み過ぎた。
パン! と乾いた破裂音が頭痛に拍車をかけた。
窓から身を乗り出すと、ウィルが満面の笑みで手を振ってきた。
畜生。今日こそここを出よう。
ショウは多分実現できない決意をみなぎらせ、たらいの水で口をゆすいだ。
*
「いいか、早撃ちってのはだ、要は銃を目標に向けてやりゃいいわけだ。極端な話、ホルスターごと撃っちまう技だってあるからな。いや、それが役に立つかとか好きかどうかとかは別だが。でな、まぁ、普通はたいがいホルスターって邪魔になるから、そこから銃を抜こうとするだろ? そこに落とし穴がある」
ショウは、自分では銃を扱わない。なぜだかわからないけど。
それでも、頼んだら、やり方は教えてくれる。ぶっきらぼうな言葉だけど、ユーモアがあって、ウィルにはわかりやすかった。
「慣性の法則ってのがあってな、ものって奴は動いてりゃ動き続けたくなるし、止まってりゃ止まり続けたくなるんだよ。わかりやすく言えば、起きてる間は寝たくないから夜更かしするし、寝てると起きたくないから朝寝坊しちゃいたくなるようなもんだ。でな、」
そう言って、ショウはウィルの手にコルトSAAを載せる。もちろん、弾は入れていない。
「こいつは、あまり軽くない。というか、お前さんにとってははっきり言って重いだろ? こんなものを、片手で持ち上げて、角度を変えて、狙いをつけるってのは無茶だ」
ウィルは頷く。父も同じことを言っていた。
「だから、こいつを『引き抜く』というイメージは捨てろ。逆だ。ホルスターの方を銃から外すのさ」
そう言って、ショウは動き方を説明した。右腕一本で銃を引き上げるのではなく、右腕で、今の銃の位置を固定する。一方、膝を沈み込ませることでホルスターの位置が下がれば、結果的に銃を「抜いた」ことと同じことが出来る。おまけに、『はんさよう』という原理で、体を沈める分、腕を自然に持ち上げることができるらしい。
やってみると、確かに今までよりもずっと楽に構えることができた。
「後は狙いのつけ方さ。手首ではなく、肘から先全体で狙う感じだ。まずは、腕を水平に保つこと、つまり狙う高さを変えず腰の辺りを撃つことになる。そもそも、相手の腹を狙うのが基本だ、っていうだろ? だからそれでいいのさ。脇を締めこめば自然とそうなるはずだ。……そうだ。筋がいいぜ。高さは腰の高さ、方向は真っ正面。それさえ撃てれば、抜き撃ちは十分なんだよ。特にお前さんの場合はな」
ショウの話によれば、抜き撃ちの決闘ほどばかげたものはない、ということらしい。単に相手を始末するだけなら、他にいくらでも方法はある。誇りだか美学だか知らないが、互いに向き合ってドンパチをするなど正気の沙汰ではない。だいたい、抜き撃ちに特化したホルスターは、普通に歩いているだけでも銃を落としかねない実用性の低い代物だ。にもかかわらず、オレは決闘をするのだと言わんばかりにわざと人目につくように銃をぶら下げて威嚇したがる馬鹿がいる。そういう馬鹿は相手にしないに限る。だからショウは銃を持たない、のだそうだ。
「でも、もし銃を向けられたらどうするの?」
どうしても、それが不思議だったのでウィルは尋ねた。
「昨日も言ったろ? 向けられないようにするのが一番さ」
撃てば撃たれる。狙えば狙われる。プライドなんか犬にでもくれてやればいい。頭を下げて済むなら頭を下げて、金で済むなら金を払えばいい。
その言葉は、ウィルの知るガンマンのイメージとは全然違っていた。
「だから、オレはガンマンじゃないって。ただの旅人だよ」
笑いながらショウはそう言った。
ウィルは強くなりたかった。それは、腕の力を鍛えたりとか、銃の腕を磨くことだと思っていたのだけれど。
きっと、もっと別の答えがあるんだ。
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