第4話 DIY




「ごめんなさい、ショウ。こんなことまでしてもらえるなんて」

「西部の男は困っている淑女を見捨てない、んだろ? っと、そこの板をとってくれ」

「これかしら。ほんと、この2年、屋根まで手が回らなかったの。助かるわ」

 確かに姉弟の家は傷みがひどかった。流行病で母を、続いて事故で父を失ってから2年。身寄りのないこの土地で、姉弟は二人だけで小さな農場を守りながら暮らしてきたのだ。


 打ちつけた板とその周りを手で叩き、強度を確認してからショウははしごを降りた。

「これで母屋は大丈夫だろう。あとは納屋だな。それから、畜舎と柵も直さにゃならんか。ああ、うちの馬鹿馬のことは放っておけばいいんだけど。他にはないか、ミリアム?」

「他には、ってこのあと納屋を直すだけでも陽が暮れるわよ?」

「仕方ないから、明日に回すさ。何だよ、西部の男なら夜通し働いてくれるはず、とかいいださないだろうな」

「言わないわよ。ちょっと、ショウ、私のことなんだと思ってるの?」

「なんだよ、カラミティ・ジェーンみたいに素敵だといえば満足するのかよ」

「もう、こんなかわいい淑女をどうして無双の女傑にたとえるのよ」

 頬を膨らませながら、顔には隠しようのない笑顔を浮かべてミリアムはショウを追いかけ回す。不思議な感じだった。言ってしまえばショウはどこの馬の骨ともしれない旅の男なのに。こんなに穏やかな気分になれたのはこの2年で初めてではないだろうか。

 明日に回す、そうショウは言った。つまり、ショウは今日もうちに泊まるつもりなのだ。初めて会ったとき、彼は露骨に姉弟との関わりを避けようとした。ミリアム達の置かれている状況を察し、少なくないリスクを冒して二人を助けながらも、それで最低限の礼儀は果たしたとばかりに立ち去ろうとした。生き残る技術を知っている人だ。

 いいの? いつまでここにいられるの?

 そう尋ねてみたい誘惑はあった。けれど、聞いてしまえば、「その時」を自分から呼び込んでしまうようで、ためらってしまう。

 

 昨日、旅装のままのショウを見たとき、思わず『おじさん』と声をかけてしまった。埃まみれで、ひげは伸び放題、日に焼け、目元に色濃く疲れの残る姿は、18才のミリアムにとっては父と同じくらい年長のおじさんにしか見えなかった。けれど、今朝、ウィルと二人で朝日を浴びながら家に戻って来た姿を見て息を呑んだ。汚れを落とし、ひげを剃り、髪にブラシを入れたショウは若かった。いや、もちろんミリアムよりはずっと大人で、どちらかと言えば父の年に近いのかもかもしれない。けれど、ダークブラウンにそろう髪と瞳、華奢に見えて引き締まった体躯は、若いミリアムにとってたぶんに好感が持てるものだった。

 その上に。ショウは、余計なことは何も聞かなかった。昨日のことも、父母のことも、二人のことも聞かず、ただ「飯代分は働かせてくれ」といって動いてくれた。何よりその手際も見事だった。農場の管理は、姉弟二人でできる範囲にまで狭めていたが、それでも手の回らないことが多かったのに、ショウは一人で要所を押さえて回った。特に、修繕の腕に驚かされる。井戸のポンプはだいぶ前から傷んでいたけれど、町で見積もりを頼むとあまりに高くつくので諦めていた。けれど、ショウは大した工具も使わず、簡単にバラバラに分解すると、いくつかの部品を磨き直し、納屋にあったがらくたを組み合わせて部品を作ってあっという間に直してしまった。『ぱっきんがゆるくて、シンクーを作れずナイアツが……』とか説明してくれたのだけれど、ミリアムにはさっぱりわからなかった。ショウには当たり前のことだろうに、ミリアムには魔法にしか見えなかった。

 ウィルはすっかりなついて、ショウの後を子犬のようについて回っていた。親子のように、兄弟のように。


「姉ちゃん、今日はごちそうを作らなきゃね」

 はしゃいだウィルの声でミリアムは我に返った。考え事をしている間にも、ショウは納屋の大まかな修理の算段を終えてしまったようだ。どうしてわかるのだろうというほどにショウの眼は的確に物事の本質を捉えている。

「ええ、そうね」

 昨日、町に出たときに必要な支払いは済ませているし、買い出しに出たから食べるものもそれなりにはある。少しぐらいの贅沢はしてもいいと思う。ベーコンを切っても罰はあたらないだろう。トウモロコシの粉に小麦粉を混ぜるのも主はお許しになることだろう。少しだけ蜂蜜も使おう。何より、ショウには新鮮な野菜が喜んでもらえることだと思う。慎ましやかな材料だけど、母の料理は美味しいと評判だったのだから、たぶん大丈夫。

 食事を作るのがこんなに楽しいなんて。神様、ありがとうございます。


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