2章_1




 モアネットの言葉に、意外だと表情を変えたのはオルドだけだ。

 アレクシスは悲痛そうにひとみを細め、パーシヴァルもまた心苦し気に視線をらしている。きっと彼等もうすうす感付いていたのだろう。いや、王宮からげた際にアレクシスははっきりと、『たとえ全てが魔女ののろいのせいだとしても』と告げてきた。彼はすでに事実に辿たどり着いているのかもしれない。だれが魔女なのか、そして全てとはどこからどこまでなのか……。

 確信を抱いているからこそ、事実として改めてきつけられるのがつらい。アレクシスの表情はそんな複雑な心境を映している。普段であれば彼をなだめているであろうパーシヴァルも、さすがに今はける言葉が無いのか沈黙を保っている。

 ジーナだけは気落ちすることなく優雅な所作でワインに口をつけているが、何も言わないのは話を振られるまでは聞き役にてつしようと考えているからだろう。

「エミリア・アイディラか……彼女も魔女ってことか?」

「……はい。でも、エミリアにその自覚があるかは分かりません」

「自覚があるか分からない?」

「えぇ、きっとエミリアは自分が魔女である事に……魔術を使える事に気付いていません」

 アイディラ家は魔女の家系である。だがとうの昔に魔女の名を捨ててしまった。

 本来であれば親が子に伝え教えていくものもえ、そのうえ魔術に関しての書物はしきの奥深くにしまわれ長いあいだ忘れ去られていた。それをモアネットがかたぱしから古城へと持ち出したのだ。

 誰も何も教えることなく、そして知識の元になるものも無くなった。エミリアが魔術にれる機会は一度として無かっただろう。

「それでも魔術ってのは使えるものなのか?」

 不思議そうにたずねてくるオルドに、モアネットがうなずいて返した。

 羊皮紙に術式を込めてえがいて魔術を発動させるのはあくまでモアネットのやり方。魔術を使う方法はいくもあり、意図せぬおのれの行動が引き金になる可能性もある。

 だが魔術を使えたとしても、使いこなせるとは限らない。

 そうモアネットが話しながら横目でジーナを見れば、彼女は瞳を閉じて小さく首を横に振った。

「魔術を使いこなすには魔女としての知識が必要よ。知識無く魔術を使えば、逆に魔術にとらわれる可能性だってあるわ」

「……魔術に?」

「強すぎる魔術は時に魔女を呪う。無自覚で強い魔術を使えば、ちがいなく魔術に囚われるわ」

 そう話すジーナの言葉に、モアネットがかぶとの中で小さくエミリアの名を呼んだ。

 知識がなくても素質があれば魔術を使えることは知っていた。だが魔術が魔女を呪うなんて思いもしなかった。だがせんぱい魔女でありアバルキン家の魔女であるジーナが言っているのだから間違いないだろう。

 そのうえ彼女はひざの上に乗せたコンチェッタを撫でながら、

「呪われているのはアレクシスだけだと思って油断してたわ」

 と独り言のようにらすのだ。

 アレクシス以外に誰が……そんなこと聞かなくても分かる。

 そのしゆんかんピリと痛みが走り、モアネットが兜の中でまゆひそめた。王宮で自ら負ったてのひらの傷だ。適当に手当てをしておいたが、ふとした瞬間にあの光景と共に痛みがよみがえってくる。ジワジワとむしばしびれるような痛みが、去りぎわに聞いたエミリアの声をのうに呼び起こす。

 だが痛みにうめいている場合ではない、そうモアネットが改めて場に視線をやった。

 オルドが続きをかすようにじっと見つめてくる。対してアレクシスは続きを待ちこそしているがどことなく辛そうで、同じ色をしていても瞳の強さは真逆だ。

「アレクシス様を呪ったのは間違いなくエミリアです。そしてたぶん、エミリアも……」

 その先を言葉にするのが辛いとモアネットが言葉をにごせば、痺れを切らしたオルドが口を開いた。感傷にひたってそのつど話を止められてはたまらないと言いたいのだろう。

「モアネット、妹を案じる気持ちは分かるが、今は話を進めてくれ」

「あら意外だわ。オルド、貴方あなたも『妹を案じるモアネットの気持ち』が分かるのね」

「一応、形式上言っただけだ。正直なところ『家族を案じる気持ち』なんてものは生憎あいにくと持ち合わせてないが、とにかく俺は早く事態を理解したい」

「そういうことらしいわよモアネット」

 じようだんめかして話すジーナとオルドの会話に、モアネットが兜の中でふっと小さくみをこぼした。見ればアレクシスとパーシヴァルもしようかべ、アレクシスに至っては「叔父おじさんらしいよ」とあきれ顔まで見せている。

 彼の顔色はひどく青ざめているが、それでもじように振る舞おうとしているのだろう。それを見たジーナがおだやかな表情を浮かべ、「パンを食べそこねたわね」とコンチェッタに話しかけた。

 そんなわずかながらもなごんだ空気の中、意を決したといわんばかりにアレクシスがモアネットの名を呼んだ。

 視線を向けることで返せば、深い茶色の瞳がジッとこちらを見つめてくる。

「モアネット、単刀直入に聞いていいかな」

「……はい」

「本当は色々と聞きたいんだけど、叔父さんがこれだからさ」

 仕方ないと言いたげにかたすくめて見せるアレクシスに、モアネットもまた頷いて返す。

 彼の心境を考えればあれもこれもと問いただしたいところだろう。それこそ、話を過去にもどして一から解決したいに決まっている。

 それでもまるでワンクッションをはさむように冗談を口にして苦笑を浮かべるのは、彼の必死な強がりだ。こうでもしないと、きっと心が折れてしまいかねないのだろう。

 それが分かるからこそ、モアネットもまたギシと音を立てながら肩を竦め、

「あまり長引かせて時間がおそくなると、誰かさんがねむくなっちゃいますもんね」

 と返しておいた。それを聞いたパーシヴァルがコホンとせきばらいでとがめてくるが、それに対してモアネットはしれっと「コンチェッタのことですよ」と告げて兜の中で舌を出す。

 パーシヴァルのあお色の瞳が一瞬丸くなり、次いで彼はふいとそっぽを向いてしまった。その白々しく分かりやすいしに、モアネットとアレクシスが苦笑を浮かべる。

 だがその苦笑は無理に笑みを浮かべたように不自然で、わす言葉は声がうわっている。重苦しさがかくしきれない、楽しさのない強がりだけのおうしゆうだ。

 まるでこれから傷つくことが分かっていて、せめてその前にと足搔あがいているようではないか。そんな事を考えてモアネットが兜の中で小さく息をけば、アレクシスが改めるように再び名前を呼んできた。

「モアネット、エミリアは僕を呪ってどうしたかったんだろう。僕は彼女にうらまれて……いや、恨まれていたってことなのかな」

 そう尋ねてくるアレクシスの声は酷くかすれていて痛々しい。

 だがそれも仕方ないだろう。モアネットとのこんやくが破談になりまるでだいたいのように婚約したとはいえ、アレクシスはエミリアを大事にしていた。自分の未来のはんりよとなりに立ち国を支えていくパートナー。今度こそ傷つけまいと考えていたはずだ。

 婚約に至る過程は複雑ではあったものの二人はお似合いで、そのなかむつまじさはモアネットも風のうわさで何度も聞いている。

 だからこそ、それがうそだったとさとったアレクシスの表情に絶望が浮かぶのだ。婚約者として良好どころか、毎夜おいのりとしようして呪われていた等と知って誰が傷つかずにいられるだろうか。

 まゆじりを下げ、辛そうな表情で答えを待つアレクシスに、モアネットはフルと一度兜を横にることで返した。アレクシスの表情に疑問の色が浮かぶ。

 確かに彼を呪ったのはエミリアだ。

 だけど、それは……。

「アレクシス様は確かにエミリアに呪われています。だけどきっと、恨まれていたからじゃありません」

「……恨まれてない?」

「そもそも『アレクシス様を呪う』ということは一つの過程でしかなかったんです。本当はもっと昔から、すべて別のことのために動いていた……」

 そう告げてモアネットが深く息を吐いた。

 みなの視線が己に注がれていることが分かる。回答をかすように、これ以上の絶望をたたき付けられるのかとおびえるように……それぞれの思いを込めた視線はこの重苦しい空気と合わさって酷くするどく感じられる。あつぱくかんで呼吸が止まりそうだ。

 それでもゆっくりと口を開けば、しぼり出された己の声のなんと情けないことか。

「アレクシス様に掛けられたのろいは、このそうどうは……いえ、何もかもの始まりは、たった一人の強い願いが引き起こしたんです」



『キラキラしたおひめ様になりたい』



 そうモアネットがかつて何度も聞いた言葉をつぶやけば、脳裏に過去のおくが蘇った。エミリアと母の膝をまくらころび、物語のような夢をきそい合うように話していたかがやかしい思い出だ。古城にこもることも、ましてや全身よろいまとうこともなかった、思い出せば表情がほころぶ温かな思い出。

 だけど今では、『誰が、誰を、いつから、どう、呪っていたのか』が全てつながった今では、この思い出すらも胸にかげを落とす。



 モアネットが確信を得たのは、王宮でエミリア達と対峙した時だ。

 祈るエミリアを前にし、ゾワリとふるえるようなかんを覚えた。不快とさえ言えるあの感覚は何とも言いがたく、今でもせんめいに思い出せる。

 その原因は……と、モアネットがポシェットからとある物を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。エミリアがお守りにと預けてくれたネックレス。光を受けて輝く石は美しく、見ているだけで吸い込まれそうではないか。そうしよくはなやかで、一級の職人が作ったと分かる。

「出発前にエミリアがお守り代わりに預けてくれたものです」

「エミリアが、これをモアネットに?」

「はい、身に着けていたのをその場で私に」

「こんな高価な石のネックレス、前は持っていなかったはずなのに……」

 そう呟くアレクシスに、オルドもまた「簡単にわたせる品物じゃないだろ」と続く。王族二人にここまで言わせるのだから、相当値の張るものなのだろう。

 そしてこのネックレスがエミリアの願いに反応したからこそ、モアネットは彼女が魔女だと気付くことが出来た。

 あの瞬間エミリアの魔術はネックレスを通じ、モアネットの思考を「仕方ないな」とりようしようへとかたむけさせたのだ。ロバートソンが現れて魔術をはじいてくれなければ、どうなっていたか……。

 だが逆に、このネックレスがあったからこそ、モアネットはその瞬間までエミリアが魔女だと気付けなかった。

 いや、正確にいうのであれば、一度疑いそして考えをたがえてしまったのだ。

「これをエミリアから受け取った時、もしかしたら呪いがかっているのかもしれないと思いました。だから馬車の中でためした……」

「そうか、だからあの時飲んだ水が不味まずかったのか」

 はたと気付いたように声をあげるアレクシスに、モアネットがうなずいて返す。

 市街地を出てぐの馬車の中、モアネットはエミリアから預かり受けたこのネックレスを呪い感知の水にけた。

 もしもアレクシスを呪ったのがエミリアなら、彼の呪いを解くため同行する自分を見過ごすはずがない……、そう考えたのだ。だが水はネックレスには何の反応も示さず、アレクシスが間違えて水を飲み吹き出すと共に咳き込んだ。それを見て、モアネットはあんと共にエミリアへの疑いをおのれの中で消し去ってしまった。

 ネックレスは呪われていない。エミリアは何もかんしていない。

 あの子はじゆんすいに、自分の帰りを待ってくれているのだ……と。

 だからこそ、モアネットは王宮でこのネックレスが反応し、そして反応すると共に自分が彼女の願いに応じ掛け、全てを理解したのだ。

 確かにエミリアはモアネットを呪ってはいなかった。彼女の中で、モアネットは変わらず大事な姉で居続けていた。

 ……だけど、いや、だからこそ。

 エミリアの呪いは、モアネットを古城に閉じ込めさせた。

 どこにも行かさず、それでいて王宮にも戻らせず。大好きな姉が自分の手の届く場所で、誰にも導かれることなく、『戻ってきても問題ない』状態になるまで……。

 快適に暮らしていたはずの古城での生活は、ただ飼い殺しにされているだけに過ぎなかった。

「私を呪うどころか、エミリアはまだ私をしたってくれています。でも私はエミリアの『キラキラしたお姫様』の座をるがす存在でもあったんです」

「……そんな」

「アレクシス様はずっと私に謝罪の品をおくってくださいました。その姿に、エミリアはきっと不安をいだいていたんでしょう。もしも私がアレクシス様を許して社交界に戻ったら、再び私がアレクシス様の婚約者に戻るのではないかって……」

 人間の婚約は動物の配合のように「こっちがなら次はあっちで」なんて軽い物ではない。

 だが社交界に蔓延はびこる政略結婚は別だ。そこに必要なのはれんあい感情やしんらい関係等ではなく、いえがらと婚約がもたらすおんけい。それがそろえば、姉だろうが妹だろうが問題ない。

 ゆえにモアネットの代わりにエミリアがアレクシスの婚約者になった。

 こっちモアネツトが駄目なら次はあっちエミリアで……と結ばれた婚約。

 ならば、こっちモアネツトもどってきたならあっちエミリアは必要無い……と、そうなってもおかしくないとエミリアは考えたのだ。

 とつぜんい込んだ話だからこそ、突然己の手からはなれてしまうかもと不安だったのだろう。──少なくとも、エミリアは『突然舞い込んだ話』と思っているはずだ。自分がじよだと知らず、己を呪う魔術に気付きもせず……──

 だがそんな不安をふつしよくする者が現れた。

 第二王子ローデル・ラウドルである。

 仮にモアネットが鎧をいで王宮に戻ってきても、彼はモアネットをめとらない。身内が無礼を働いたびにと婚約先や生活の保障ぐらいはするかもしれないが、それでも己の婚約者をえるようなことはしないはずだ。

 それがエミリアにとってどれだけ安堵を抱かせたか。

 そしてきっと、ローデルはエミリアに輝かしい贈り物をしたのだろう。

 高価なネックレス、質の良いはくしの便びんせん。市街地で会った時も王宮でたいした時もエミリアは華やかなドレスを纏っており、あれら全てをローデルが贈ったと考えればそのりの良さがうかがえる。

 もっとも、かといってアレクシスが厳しかったわけではないだろう。貴族としてかざるべき時は飾り、エミリアが何かを望めば応じ、みじめな思いなど一度とてさせなかったはずだ。

 彼の婚約者がエミリア以外のれいじようであれば、自分のきようぐうをこれ以上ないほどにめぐまれていると感じたことだろう。そして同時に、飾るべき時は飾り、それでいて国費をに使うことをきらい国をうるおそうと努めるアレクシスを良き王子だと慕ったにちがいない。

『キラキラしたお姫様』を望むエミリア以外の令嬢であったなら。

「良い子ちゃんの優等生が裏目に出たな」

 とは、それを聞いたオルドの言葉。

 情もいたわりもいつさい感じられない、こくにもほどがある言い方ではないか。だがオルドの言う通り、エミリアの願望をかなえるには『国をおもう王子』より『金をしむことなく使う王子』である。

 仮にアレクシスがモアネットに対し謝罪も反省の色も見せず、己やはんりよが着飾ることに金を惜しまぬ男であったなら、きっとエミリアの願望を叶えるにあたいすると選ばれていただろう。

 なんとも非道な話ではないか。そしてそんな非道な決断が下されたのが一年前のこと。

 いったい何が切っ掛けかは分からない……そうモアネットが言いかけたしゆんかん、パーシヴァルが小さく息をみ「王位けいしようだ」と呟いた。

「陛下は若いうちに王位をアレクシス王子にゆずろうと考えている……そんなうわさを聞いたことがある」

「そんな、僕はそんな話聞いたことがない」

「あくまでの中で噂されていた、確証も無い話です。混乱のおそれがあるため、他言はひかえるようにと上からも言われていました」

 その王位継承の噂がエミリアの耳に届いたのだろう。

 ゆえにエミリアは……彼女をのろう彼女の願望は、アレクシスへ呪いを掛けた。ていを疑われ信頼を無くし、彼の王位継承権がはくだつされるために。そしてローデルがあとぎ、彼のこんやくしやとしてエミリアが今よりもっと『キラキラしたおひめ様』になるために。

 そうなれば、もう姉が戻って来ても問題ない。

 そこまで話し終え、モアネットがゆっくりと息をいた。

 重苦しい空気がただよう。だれ一人として視線を合わさず、さすがに今は誰もじようだんを口にして取りつくろゆうもない。

 そんな中、ジーナがワインを一口飲み、

「エミリア・アイディラからしてみれば、てきな物語よね」

 とかたすくめた。

 誰もが彼女に視線をやる。そんな視線を受けつつ、ジーナはひざの上に乗るコンチェッタをでながら話し出した。



 病弱だった少女は、りようようの果てに体調を回復させ家族と共に王都へ向かう。そこで姉を傷つけ古城へと退けさせた王子と、姉の身代わりとして婚約をわすことになる。

 数年はへいおんに暮らしていたものの、王位継承を直前に王子の化けの皮ががれた。誰にでも分けへだてなく接する善良な王子とは仮の姿、実際の王子は不貞を働く暴君。

 あわだまされたエミリアだったが、そんな彼女に救いの手がばされた。……第二王子だ。

 エミリアは自分を真に愛し大事にしてくれる第二王子の手を取り、彼と共に不貞の王子を追放させる。傷つき古城にこもっていた姉も傷をいやし、再びエミリアのもとに戻ってきた……。



 まるで『めでたし、めでたし』とめくくりそうな話ではないか。

 だが事実、エミリアからしてみれば、そしてアレクシスの不貞を信じている国民からしてみれば、すべてはこの物語じみた茶番に沿って進んでいる。

 そしてきっとこれ程までの感動的なストーリーを経たのだから、その後エミリアとローデルが多少散財したところで目をつぶるだろう。不貞の王子を退けたえいゆうあつかいしだすかもしれない。

 そう話すジーナはまるで茶番を語るかのようにつまらなそうだが、話し終えるとニヤリと口角を上げた。次いで彼女の視線が向かうのは……パーシヴァルだ。

「王子様とお姫様が真実の愛のもと悪をたおすなんて、まるでロマンチックなたいみたいじゃない。みんなあやつり人形のように役割を演じてる……あんた以外はね」

「俺ですか……」

「エミリア・アイディラの魔術が仕組んだお姫様の物語。かんぺきだったはずが、舞台上にイレギュラーが現れた」


 それが魔女の魔術がゆいいつ効かない存在、魔女殺しパーシヴアルだ。

 彼は不貞の王子役であるアレクシスの潔白を信じ、舞台上から連れ出した。

 そしてモアネットを……出番がくるまで古城に置かれていた『古城に籠っていた姉』の操り糸をたたき切ったのだ。

「魔術が効かないってのは腹立たしいけど、それはめてあげるわ」

 コンチェッタを撫でながら話すジーナに、パーシヴァルが小さくうなずいて返す。

 次いでジーナはモアネットへと向き直り、「しんけんな話はつかれるわ」とわざとらしく肩を竦めた。

「これでひとまず説明は終わりよね。モアネット、ちょっと部屋に行って荷物をかくにんしてきてくれないかしら」

「……荷物? 今、ですか?」

「えぇ、馬車から部屋へ運ばせていたみたいだけど、何か忘れ物があったら困るでしょ」

 だから確認してきて、と、そうたのんでくるジーナの言葉はまるで先程までの重苦しい空気が無かったかのようにあっさりとしている。

 そのうえ「コンチェッタのためにふかふかのクッションも用意させておいて」とまで言ってくるのだ。これにはモアネットも事態を理解しきれぬままに頷き、ロバートソンを片手に乗せるとソファーから立ち上がった。

「パーシヴァル、お前も行ってこい」

 とは、案内のためにメイドを呼び寄せたオルド。

 その言葉を聞き、パーシヴァルがわずかに躊躇ためらいの色を見せる。だが次の瞬間にはあお色のひとみを細め、「かしこまりました」とうやうやしく答えると共に席を立った。


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