2章_1
モアネットの言葉に、意外だと表情を変えたのはオルドだけだ。
アレクシスは悲痛そうに
確信を抱いているからこそ、事実として改めて
ジーナだけは気落ちすることなく優雅な所作でワインに口をつけているが、何も言わないのは話を振られるまでは聞き役に
「エミリア・アイディラか……彼女も魔女ってことか?」
「……はい。でも、エミリアにその自覚があるかは分かりません」
「自覚があるか分からない?」
「えぇ、きっとエミリアは自分が魔女である事に……魔術を使える事に気付いていません」
アイディラ家は魔女の家系である。だがとうの昔に魔女の名を捨ててしまった。
本来であれば親が子に伝え教えていくものも
誰も何も教えることなく、そして知識の元になるものも無くなった。エミリアが魔術に
「それでも魔術ってのは使えるものなのか?」
不思議そうに
羊皮紙に術式を込めて
だが魔術を使えたとしても、使いこなせるとは限らない。
そうモアネットが話しながら横目でジーナを見れば、彼女は瞳を閉じて小さく首を横に振った。
「魔術を使いこなすには魔女としての知識が必要よ。知識無く魔術を使えば、逆に魔術に
「……魔術に?」
「強すぎる魔術は時に魔女を呪う。無自覚で強い魔術を使えば、
そう話すジーナの言葉に、モアネットが
知識がなくても素質があれば魔術を使えることは知っていた。だが魔術が魔女を呪うなんて思いもしなかった。だが
そのうえ彼女は
「呪われているのはアレクシスだけだと思って油断してたわ」
と独り言のように
アレクシス以外に誰が……そんなこと聞かなくても分かる。
その
だが痛みに
オルドが続きを
「アレクシス様を呪ったのは間違いなくエミリアです。そしてたぶん、エミリアも……」
その先を言葉にするのが辛いとモアネットが言葉を
「モアネット、妹を案じる気持ちは分かるが、今は話を進めてくれ」
「あら意外だわ。オルド、
「一応、形式上言っただけだ。正直なところ『家族を案じる気持ち』なんてものは
「そういうことらしいわよモアネット」
彼の顔色は
そんな
視線を向けることで返せば、深い茶色の瞳がジッとこちらを見つめてくる。
「モアネット、単刀直入に聞いていいかな」
「……はい」
「本当は色々と聞きたいんだけど、叔父さんがこれだからさ」
仕方ないと言いたげに
彼の心境を考えればあれもこれもと問いただしたいところだろう。それこそ、話を過去に
それでもまるでワンクッションを
それが分かるからこそ、モアネットもまたギシと音を立てながら肩を竦め、
「あまり長引かせて時間が
と返しておいた。それを聞いたパーシヴァルがコホンと
パーシヴァルの
だがその苦笑は無理に笑みを浮かべたように不自然で、
まるでこれから傷つくことが分かっていて、せめてその前にと
「モアネット、エミリアは僕を呪ってどうしたかったんだろう。僕は彼女に
そう尋ねてくるアレクシスの声は酷く
だがそれも仕方ないだろう。
婚約に至る過程は複雑ではあったものの二人はお似合いで、その
だからこそ、それが
確かに彼を呪ったのはエミリアだ。
だけど、それは……。
「アレクシス様は確かにエミリアに呪われています。だけどきっと、恨まれていたからじゃありません」
「……恨まれてない?」
「そもそも『アレクシス様を呪う』ということは一つの過程でしかなかったんです。本当はもっと昔から、
そう告げてモアネットが深く息を吐いた。
それでもゆっくりと口を開けば、
「アレクシス様に掛けられた
『キラキラしたお
そうモアネットがかつて何度も聞いた言葉を
だけど今では、『誰が、誰を、いつから、どう、呪っていたのか』が全て
モアネットが確信を得たのは、王宮でエミリア達と対峙した時だ。
祈るエミリアを前にし、ゾワリと
その原因は……と、モアネットがポシェットからとある物を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。エミリアがお守りにと預けてくれたネックレス。光を受けて輝く石は美しく、見ているだけで吸い込まれそうではないか。
「出発前にエミリアがお守り代わりに預けてくれたものです」
「エミリアが、これをモアネットに?」
「はい、身に着けていたのをその場で私に」
「こんな高価な石のネックレス、前は持っていなかったはずなのに……」
そう呟くアレクシスに、オルドもまた「簡単に
そしてこのネックレスがエミリアの願いに反応したからこそ、モアネットは彼女が魔女だと気付くことが出来た。
あの瞬間エミリアの魔術はネックレスを通じ、モアネットの思考を「仕方ないな」と
だが逆に、このネックレスがあったからこそ、モアネットはその瞬間までエミリアが魔女だと気付けなかった。
いや、正確にいうのであれば、一度疑いそして考えを
「これをエミリアから受け取った時、もしかしたら呪いが
「そうか、だからあの時飲んだ水が
はたと気付いたように声をあげるアレクシスに、モアネットが
市街地を出て
もしもアレクシスを呪ったのがエミリアなら、彼の呪いを解くため同行する自分を見過ごすはずがない……、そう考えたのだ。だが水はネックレスには何の反応も示さず、アレクシスが間違えて水を飲み吹き出すと共に咳き込んだ。それを見て、モアネットは
ネックレスは呪われていない。エミリアは何も
あの子は
だからこそ、モアネットは王宮でこのネックレスが反応し、そして反応すると共に自分が彼女の願いに応じ掛け、全てを理解したのだ。
確かにエミリアはモアネットを呪ってはいなかった。彼女の中で、モアネットは変わらず大事な姉で居続けていた。
……だけど、いや、だからこそ。
エミリアの呪いは、モアネットを古城に閉じ込めさせた。
どこにも行かさず、それでいて王宮にも戻らせず。大好きな姉が自分の手の届く場所で、誰にも導かれることなく、『戻ってきても問題ない』状態になるまで……。
快適に暮らしていたはずの古城での生活は、ただ飼い殺しにされているだけに過ぎなかった。
「私を呪うどころか、エミリアはまだ私を
「……そんな」
「アレクシス様はずっと私に謝罪の品を
人間の婚約は動物の配合のように「こっちが
だが社交界に
ゆえにモアネットの代わりにエミリアがアレクシスの婚約者になった。
ならば、
だがそんな不安を
第二王子ローデル・ラウドルである。
仮にモアネットが鎧を
それがエミリアにとってどれだけ安堵を抱かせたか。
そしてきっと、ローデルはエミリアに輝かしい贈り物をしたのだろう。
高価なネックレス、質の良い
もっとも、かといってアレクシスが厳しかったわけではないだろう。貴族として
彼の婚約者がエミリア以外の
『キラキラしたお姫様』を望むエミリア以外の令嬢であったなら。
「良い子ちゃんの優等生が裏目に出たな」
とは、それを聞いたオルドの言葉。
情も
仮にアレクシスがモアネットに対し謝罪も反省の色も見せず、己や
なんとも非道な話ではないか。そしてそんな非道な決断が下されたのが一年前のこと。
いったい何が切っ掛けかは分からない……そうモアネットが言いかけた
「陛下は若いうちに王位をアレクシス王子に
「そんな、僕はそんな話聞いたことがない」
「あくまで
その王位継承の噂がエミリアの耳に届いたのだろう。
ゆえにエミリアは……彼女を
そうなれば、もう姉が戻って来ても問題ない。
そこまで話し終え、モアネットがゆっくりと息を
重苦しい空気が
そんな中、ジーナがワインを一口飲み、
「エミリア・アイディラからしてみれば、
と
誰もが彼女に視線をやる。そんな視線を受けつつ、ジーナは
病弱だった少女は、
数年は
エミリアは自分を真に愛し大事にしてくれる第二王子の手を取り、彼と共に不貞の王子を追放させる。傷つき古城に
まるで『めでたし、めでたし』と
だが事実、エミリアからしてみれば、そしてアレクシスの不貞を信じている国民からしてみれば、
そしてきっとこれ程までの感動的なストーリーを経たのだから、その後エミリアとローデルが多少散財したところで目を
そう話すジーナはまるで茶番を語るかのようにつまらなそうだが、話し終えるとニヤリと口角を上げた。次いで彼女の視線が向かうのは……パーシヴァルだ。
「王子様とお姫様が真実の愛のもと悪を
「俺ですか……」
「エミリア・アイディラの魔術が仕組んだお姫様の物語。
それが魔女の魔術が
彼は不貞の王子役であるアレクシスの潔白を信じ、舞台上から連れ出した。
そしてモアネットを……出番がくるまで古城に置かれていた『古城に籠っていた姉』の操り糸を
「魔術が効かないってのは腹立たしいけど、それは
コンチェッタを撫でながら話すジーナに、パーシヴァルが小さく
次いでジーナはモアネットへと向き直り、「
「これでひとまず説明は終わりよね。モアネット、ちょっと部屋に行って荷物を
「……荷物? 今、ですか?」
「えぇ、馬車から部屋へ運ばせていたみたいだけど、何か忘れ物があったら困るでしょ」
だから確認してきて、と、そう
そのうえ「コンチェッタのためにふかふかのクッションも用意させておいて」とまで言ってくるのだ。これにはモアネットも事態を理解しきれぬままに頷き、ロバートソンを片手に乗せるとソファーから立ち上がった。
「パーシヴァル、お前も行ってこい」
とは、案内のためにメイドを呼び寄せたオルド。
その言葉を聞き、パーシヴァルが
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